第1部 第1話
 
 
「春美ちゃん」
「あ、はい!すぐ行きます!」

春美ちゃんは、部屋の入り口にある全身鏡で自分の姿を熱心に見つめた。
もちろん後姿のチェックも忘れない。

最後に唇にグロスを塗って、にっこり微笑んだ。

「お待たせしました!行きましょう、
亜希子あきこさん」

私は苦笑しながら頷き、扉を開いた。



今日は、私と1学年下の
坂上春美さかがみはるみちゃんが通う海光かいこう学園の入学式 兼 1学期の始業式。
「通う」と言ってもこの学校は全寮制だから、校舎と寮の間を行き来するだけだけど。

海光は中高一貫の全6学年の学校で、生徒は1学年に50人しかいない。
だから、中高の入学式はもちろん、それと一緒に1学期の始業式も行う。
ただ、高校からの入学制度はなく、
今日、高校に入学する50人も、3月までは全員海光の中等部の3年生だった。
故に、新高校1年生にとっては形だけの入学式で、なんの新鮮味も感動もない。

だけど、新中学1年生は・・・


「今年の1年生はどうですかね?」
「1年生?ああ、中学1年生のこと?」

寮の廊下を急ぎながら私が春美ちゃんに振り向くと、
春美ちゃんは女の私でもドキッとするような可愛い笑顔で頷いた。
小走りしているせいか、頬が上気していて色気さえ感じる。

「はい!あ、正確には、中学1年生の保護者、ですけど」

私はまた苦笑した。

海光学園は東京のはずれにある小さな学校だけど、
その名を知らない者はいない。
世間ではW・K(ダブル・K)なんて呼ばれている。

将来の日本の経営トップ育成を目指した、スーパーエリート学校、

これがW・Kこと海光の宣伝文句だ。
そしてそれは誇大な宣伝文句ではなく、実際に「日本の経営トップ」を多く輩出している。

そんな海光に憧れて、毎年全国からたくさんの小学6年生が海光の入試に臨む。
果たして本当に本人が憧れているのか、その両親が憧れているのかは疑問が残るところだけど、
さすがに海光の教師はツワモノで、
たくさんの受験生の中から、
本当に頭のいい人間、
本当に経営者に憧れている人間、
そして、本当に経営者になれる人間、を選び抜く。

入試は、筆記・論文・面接・グループ討論、と小学6年生に対して行う内容とは思えないほど難しい。

そんな超難関を潜り抜け、海光に今日、50人の新中学1年生が誕生するわけである。
入学式に対する熱の入れようは、入学する本人達よりも、親の方がすごい。

「去年の新入生代表の母親は、すごい着物を着てましたよね」
「あー、そうだったわね。十二単かと思った」
「ふふふ、確かに」
「新入生代表ってことは、入試トップってことだもんね。
親としては嬉しくてそんなことしてしまうのかも。子供にとってはいい迷惑だけど」
「ほんとですよね」

入学式に遅刻しそうだというのに、相変わらず屈託のない笑顔の春美ちゃん。
本当にかわいい。
でも、こんなかわいい顔した春美ちゃんも、4年前海光に入学した才女だ。
天は二物を与えないんじゃないの?

私と春美ちゃんは、ようやくエレベーターに乗り込み、
私はその中の鏡に映る自分を見た。

私は、きちんと天に一物しか与えられていない。

つまり、頭ダケは良いってことだ。

160センチという平均的な身長に、
平均的な体重、平均的なスリーサイズ。
そして平均以下の顔。
カラーもパーマもしてない肩まで伸びた髪をキュッと後ろでくくり、
色気の欠片もない眼鏡をかけている。

一方の春美ちゃんは、
身長と体重は私と同じなのに、
スリーサイズは全然違う。
顔も全然違う。


海光の生徒は、私ほどではないにせよ、ほとんど全員が「色気より勉強!」って主義だ。
でも春美ちゃんは「勉強もお洒落も大事!」って主義。
ただ春美ちゃんは素材がいいから、お化粧と言ってもさっきみたいにグロスを塗るくらいだし、
制服のスカートをちょっと短くしたり、ちょっと可愛らしく着崩したりする程度。

だけど、程度の問題じゃない。
こういう学校に通っていながら、「お洒落したい!」と思えるその女心が、
天晴あっぱれだ。

女として見習うべきだとは思うけど、
私は「女」の前に「企業家」になりたい。
お洒落はいつでもできるけど、
今は勉強に専念すべき時だ。



チーン、
という音と共に、エレベーターが一階で止まる。
さすがにもう人っ子一人いない寮のロビーを駆け抜け、
一目散に入学式が行われる講堂を目指す。

幸いなことに、目と鼻の先だ。


「うわ!凄い人ですね!」

講堂から溢れ出した人を見て、春美ちゃんが目を丸くする。
生徒は全員、講堂の中の席に座っているから、
外に溢れているのは保護者や一部の物好きなマスコミだ。

「ほんとね。でも、毎年のことじゃない」
「そうですけど・・・あの、ちょっとすみません!」

春美ちゃんが逞しく人ごみを掻き分け、講堂の中に突入した。

春美ちゃんなんて、黙って外を歩いていたら「何にもできない、いいとこのお嬢様」って感じだけど、
さすがは海光の生徒。
言うべきことは言うし、やるべきことはやる。
この前なんて、ある企業が開催した高校生ディベート大会で春美ちゃんは、
相手チームをぐうの音も出ないほどコテンパンにやっつけ、会場中から感嘆のため息が漏れた。

もっとも私は、決勝で春美ちゃんのチームと戦い、
春美ちゃんが涙ぐむ程に負かしてしまったけど。

その大会の後、春美ちゃんは「酷いです」と私に言った。

「そう?じゃあ、手加減した方がよかった?」
「・・・それはもっと酷いです」
「でしょ」

つまり、まあ、私も春美ちゃんもそんな高校生なのだ。




「はあ、間に合いましたね」
「うん。突破役、ありがとう」
「へへ、どういたしまして」

私達は小声で話しながら、空いている一番端の席に座った。
新中学1年生と新高校1年生の席は決められてるけど、
他の生徒はどこに座ってもいい。
自由だ。


この学校は、世間では「かなり厳しい学校」と思われているけど、
そんなことはない。

校則もたった一つしかない。
ただ、その一つが問題だ。

それは・・・



式が始まり、さすがに講堂の中が静まり返る。
一番最初は、教師というよりやり手企業家と言った風の女傑校長の挨拶だ。

マイクを通して、凛とした声が響き渡る。


「中学1年生のみなさん、本校への入学おめでとうございます。
ここがどういう学校か・・・それは説明の必要はないと思います。
みなさんは、自分の将来のためになることは何かを自分で考え、自分で行動してください」

まだ小学校を卒業したての12歳の少年少女が、
真剣な表情で頷く。
きっと、将来の自分に想いを馳せているんだろう。

一方、講堂の後ろの方にいるその保護者達は、
とにかく自分の子供が海光に入学できたという誇りで、目を潤ませている。

「――― ところで、本校には校則が一つしかありません」

来た来た。

在校生にとっては百も承知のことだけど、
新中学1年生とその保護者にとっては目から鱗らしい。

「それは」

少し講堂内が騒がしくなる。

「この学園の風紀・評判を損なう行為を行った者は即刻退学、ということです」
 
 
  
 
 
 
 
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