第1部 第11話
 
 
 
「亜希子ー。今日、後輩とバレーの試合するんだけど、見に来ない?」

土曜の授業が終わり、勉強道具を急いで鞄にしまっていると、
クラスメイトに声をかけられた。
最近よくコレに誘われるなあ。

「ごめんね、卓巳たくみ。今日は無理なの」
「えー、そっか。残念」

卓巳はわざと「本当に残念」そうな振りをする。


卓巳は、私が唯一呼び捨てで呼ぶ生徒だ。
そして、私を唯一呼び捨てで呼ぶ生徒でもある。

なぜなら。

「おぐらー」
「なんすか?」
「はい」

教壇の上からの先生の声に、私と卓巳は同時に返事をした。

「あー。まだレポート提出してない方の『おぐら』だ」
「えー?どっちですかぁ?」

卓巳がすっとぼける。

「小倉亜希子が提出期限を守らないわけないだろ。お前のことだ、小椋おぐら卓巳」
「へへ。すんません」

卓巳は慌てて鞄からレポートを取り出し、
先生のところへ持って行った。

そう。
卓巳と私は2人とも「おぐら」という苗字だ。
ややこしいので、昔から下の名前で呼び合っている。
私は最初「卓巳君」と言っていたけど、卓巳が私を「亜希子」と呼び捨てするので、
いつの間にか私も「卓巳」と呼ぶようになった。

卓巳は黙っていれば結構いい見た目をしているのに、
ひょうきんでお調子者で目立ちたがり屋で、私が最も苦手とするタイプだ。
でも実はとても真面目な一面もあるし、苗字が一緒という親近感からか、意外と気が合う。
お互いさっぱりした性格なので、気が置けないのかもしれない。


卓巳が先生に軽く小突かれてから戻ってくる。

「無理って、なんか用事でもあんの?」
「うん」
「デート?」
「まさか」
「だよな。亜希子がデートなわけないよな」

嫌味でもなんでもなく、正直にそういう卓巳。
憎めない奴だ。

でも、せっかくだからちょっとからかってみよう。

「男の子とお出掛けっていう意味ではデートだけどね」

卓巳が目を丸くする。

「ええ!?物好きな男もいるもんだな」
「・・・」
「誰だ、そいつ!」
「・・・あ、卓巳ってバレー部だったんだよね?じゃあ、卓巳の後輩だ」
「後輩?バレー部の奴?んー、そんな変な趣味の奴いたかな?」
「・・・」
「小林?佐伯?三輪?若村?」
「誰それ」
「うーん、わからん。ギブアップ」
「柵木君」

卓巳がポカンとする。

「柵木って・・・湊?」
「うん」
「湊!?あのピアスの!?」
「うん」
「・・・」

卓巳は真面目な顔で私の両肩を掴んだ。

「亜希子。お前、湊に何か弱味でも握られてるんだな?
心配するな。困ったことがあったらなんでもお父さんに相談するんだ。わかったな?」

私はさっさと片づけをして、寮に戻ることにした。





私が知っている湊君は、少し気崩した制服姿か、
バイト帰りのジャージ姿のどちらかだ。
あとは、先週のバレーの試合の時の、ハーフパンツ姿。

「なんでそんなジロジロ見るんですか?」
「そういう格好するんだ、と思って」
「変ですか?」
「変じゃないけど・・・意外」

ううん。似合ってる。
似合ってるけど、なんとなく湊君は普段の服装もダボッとしたストリート系だと思ってたから、
意外だ。


私は、校門の前で待っていてくれた湊君の全身を改めて見た。

茶髪と右耳の青いピアスは相変わらずだけど、
グレーのTシャツの上に襟付きのストライプのカッターシャツ、
程よい太さの薄い色のジーパンと、白いアディダスのスニーカー。

普通の高校生みたい。

「普通の高校生ですって」
「ふふ、そう言えばそうだったわね」
「先輩も、普通の高校生みたいですよ」
「・・・それはどうも」

湊君はそう言ってくれたけど、
服をあまり持っていない私は結局、パーカーと膝丈のデニムスカートという、
ベーシックというか、工夫がないとうか、普遍的というか・・・
とにかく本当に「普通」だ。

派手目でかわいい湊君と並んで歩くには、地味すぎる。

私がそう言うと、何故か湊君はニンマリと笑った。

「じゃあ、俺と『並んで歩く』のに合う服を買いましょう」
「え。うん」

何、その意味ありげな言い方は。
まあ、いいか。

気を取り直して私は、湊君に連れられて電車に乗り、
どこだかわからない駅で降りた。

「大丈夫ですか、先輩?ここ、新宿ですよ?」
「ああ。言われてみれば新宿ね」
「・・・来たことないんですか?」
「2回くらいはある、と思う」
「・・・」

湊君は新宿によく来るらしい。
「わからないから任せる」と私が言うと、
私が好きそうなパスタのお店に連れて行ってくれて、
その後、女の子の服のお店がたくさん入っているデパートに連れて行ってくれた。

「駅ビルのルミネくらいは覚えておいてくださいね」
「うん」
「後はマルイとかパルコとか。あ、マルイは『OIOI』って書いてマルイって読みますから」
「へー」
「他に行ってみたいお店、あります?」
「参考書買いたい」
「・・・じゃあ後で、紀伊国屋に行きましょう」

湊君は、お店の中の服を手にとって苦笑いした。
 
 
 
  
 
 
 
 
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