第1部 第12話
 
 
 
「お客様、とってもお似合いですよ!」

そりゃ、客に向かって「似合ってません」とは言えないだろう。

でも本当のところはどうなんだろうか。
似合ってないなら、正直にそう言ってくれる方が助かるんだけど。

「すっごくいいですよ、先輩!」
「そ、そう?」

私は試着室の前でドギマギしながら自分を見下ろした。

裾の広がった、少し薄めの紺のワンピース。
肩の部分が詰めてあって、女の子らしい。
ベーシックなデザインだけど、さっき私が着ていた「ベーシック」とは随分違う。

「でも、ちょっと大人っぽ過ぎない?OLとか・・・大学生ならともかく」

湊君は大きくブンブンと首を振った。

「先輩は大人っぽいから、それぐらいの方がいいですよ!」
「・・・本当?」

自分で選んだワンピースとはいえ、
こんな格好初めてだから、似合っているのかどうかすらわからない。
だけど、湊君なら似合っていなければ「他のも着てみたらどうです?」とか、
さりげなく言ってくれると思うから、多分そこそこ似合っているんだろう。

湊君は満足そうに頷いた。

「きっと坂上先輩、彼氏に先輩のことを『知的で落ち着いてて大人っぽい人』って言ってると思うんですよね。
そこから坂上先輩の彼氏が想像する『小倉亜希子さん』は、こんな感じだと思いますよ」
「そ、そっか。じゃあこれにしようかな」
「うんうん。そうしましょう」

その時、私と湊君の会話を聞いていた店員さんが、身を乗り出してきた。
二十歳くらいの綺麗な店員さんだ。

「失礼ですがお客様、お友達の恋人とお会いになるんですか?」
「はあ」
「でしたら!」

店員さんが、私の顔をじーっと見る。
な、なんなんだろう。
なんか、目が妖しく光っているような・・・

「メイクも少しなさったらどうですか?もっとお綺麗になりますよ!」
「メ、メイク!?」

ますます明るい顔になる湊君とは対照的に、私は青くなった。

「無理です!」
「でも、お友達のお顔を立てるために、お洋服もお探しのようですし・・・
お客様、高校生ですよね?でしたら濃いメイクは必要ありませんけど、
エチケット程度にはメイクされた方がいいと思います」
「エチケット?」
「はい。最低限のメイクや手入れは、エチケットみたいなものです。髪を櫛でとかすのと同じですよ」

エチケット・・・
そう言われると、弱い。

お洒落に興味はないけど、だらしないと思われるのは嫌だ。

私が悩んでいると、店員さんが楽しそうに言った。

「もしよろしければ、私がしましょうか?」
「へ?」
「そういうの、大好きなんです!あ、もちろんこのショップのサービスじゃありませんよ?
私個人のサービスです」
「は、はあ」
「もう少しで休憩に入るので、お待ち頂いてもよろしいですか?」


そう言うわけで、テンションの高い店員さんに押され、
私と湊君はワンピースを買った後、お店の前で何故かぽかんと立っていた。

「メイクだって・・・」
「いいじゃないですか。俺、先輩がメイクしたとこ見てみたいなー」
「恥ずかしいよ」

私が戸惑っていると、さほど待つことなくさっきの店員さんが小さなバッグを手に、
お店から出てきた。

「お待たせしました。あ、彼氏さんは申し訳ないんですが、ここにいてもらっていいですか?」

店員さんが湊君の方に微笑みかける。

「か、彼氏じゃありません!」

私が思わず赤くなって叫ぶと、店員さんは「そうなんですか?」と首をかしげ、
湊君は何故か少しムスっとする。

「早く行きましょう!って、あれ?どこに行くんですか?」
「お手洗いです」

そう言って店員さんは、私の手を引き、近くのトイレへと入っていった。





「申し遅れました。私、三木みきと申します」

そう言って店員さん・・・三木さんが、自分の胸のネームプレートを指差した。

「私は小倉と言います。さっきの男の子は柵木君です」
「マセギ君?変わったお名前ですね」
「・・・はい」

危うく、前に湊君が言っていた「マセギってどんな漢字?」という会話が続くかと思ったけど、
幸い三木さんは「じゃあ、始めましょう」と言って、鞄を開いた。
そして中から、ポーチを取り出す。
どうやら、化粧品を入れているポーチらしい。

「小倉さんは、普段からお化粧なさっていないようですし、お肌も綺麗ですから、
本当に最低限のメイクだけでいいと思います。しているか、していないかわからないくらいの」
「はあ。お任せします」
「はい!」

三木さんが張り切って腕まくりをする。
本当にこういうことが好きらしい。

「ふふふ、そうなんです。私、いつかはスタイリストの道に進みたいんです」
「スタイリスト?」
「はい。高校を出て、今はさっきのお店でバイトしながら専門学校に通ってるんですよ」
「へえ・・・」

スタイリストの専門学校。
そんなのがあるんだ。

私の人生とはかけ離れ過ぎていて、イメージがわかない。


三木さんは、ポーチからまず小さなハサミを取り出した。
春美ちゃんも同じものを持ってる。
眉毛をカットするやつだ。

「まずは、眉毛を整えましょうね。失礼します」

三木さんは私をパウダースペースの椅子に座らせると、私の前に立ち、
真剣な表情で、眉毛をカットし始めた。

私の前には鏡があるけど、鏡と私の間に三木さんが立っているから、
自分の顔が今どうなっているのか見えない。

「顔用のカミソリがあればいいんですけど・・・さすがに持ち歩いていないので・・・
よし、こんなものでいいかな」

ハサミとピンセットで眉毛を整えていた三木さんが、身体を起こす。

「ファンデは必要ありません。アイラインとアイシャドウ、マスカラ、それとグロスでじゅうぶんです」
「はあ」

三木さんは、初心者の私に丁寧にやり方を説明しながら、
化粧していってくれた。

なんだか・・・
魔法でもかけられている気分だ。
 
 
 
  
 
 
 
 
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