第1部 第13話
 
 
 
「信じられない・・・」

私は鏡に大接近して、その中の自分を見つめた。

眉毛を整えた後、三木さんはアイラインをまつげの上と下に描き、
(下って、まぶたの中!恐い!!)
キラキラが少し入ったブラウン系のアイシャドウを指で塗った。
それからビューラーでまつげをカールしてマスカラを塗り、
最後にグロスを少し唇に置く。

所要時間約15分。

たったそれだけで、こんなにも顔が変わるものなのか。
鏡の中にいるのが、自分だなんて本当に信じられない。

三木さんは「大満足!」と言わんばかりに、微笑んだ。

「アイシャドウはを何色かグラデーション状に重ねると、もっと目元がハッキリします。
マスカラは、小倉さんは眼鏡をかけていらっしゃるから、長さを出すものよりも、
ボリュームを出すものを選んだ方がいいと思います」
「あ、ありがとうございます」
「いえ!ああ、本当に綺麗になりましたね!なんだか私の方が嬉しいです」

本当に嬉しそうだ。

「さあ、彼氏さんがお待ちですよ。見せてあげましょう!」

だから、彼氏じゃないってば!





トイレの前でソワソワと待っていた湊君は、
(お店の前で待ちきれず、ここまで来たようだ・・・)
私が出てくるなり、ぽかんと口を開けて、
私を凝視した。

「ど、どうかな・・・三木さんに言われて、服もさっき買ったワンピースに着替えてみたんだけど。
あ、三木さんって、店員さんの、」
「すっごい綺麗です!」

湊君が私の言葉を遮る。
湊君は、いつも最後まで私の話をちゃんと聞いてくれるから、こういうことは珍しい。
そんなに綺麗なんだろうか。
確かに変わったけど。

「そう?ありがとう・・・」
「うわー!すげー!!ビックリしました!」
「う、うん」

湊君は私に近づき、満面の笑みで私を見つめた。

照れくさい。

それにしても湊君、凄いなあ。
こんなに素直に真正面から「綺麗です」なんて、言えるなんて。

普通、男の子ってそう思ってても照れて言えなかったり、
逆にお世辞で適当に言ったりすると思ってたのに。

湊君は思ったことをそのまま素直に口にする。
それでいて、人を傷つけることもない。

湊君のそう言うところ、本当に凄いと思う。


私の後にトイレから出てきた三木さんが、湊君に訊ねる。

「どうですか?」
「凄いです!ありがとうございます!」
「ふふふ。でも本当に簡単なメイクしかしてないんですよ。これくらいだったら、
小倉さんも自分ですぐにできると思います。今からメイク用品を買いに連れて行ってあげてください」
「はい!」
「後、メイク落としとかも忘れずに」

三木さんは、多分放っておいたら私はメイク用品を買いに行かない、
というか、どこで買えばいいかわからない、と思ったのだろう。
湊君にそれを託す。

「それじゃ、小倉さん。頑張ってくださいね」

なんか本当にお見合いする気分になってきた。

「はい、ありがとうございました」
「いえ。趣味みたいなものですから」


私と湊君は、お店に戻ると言う三木さんに何度もお礼を言い、別れた。

「・・・三木さん、すごいね」
「そうですね。ほんと、メイクが上手ですね」
「それもあるけど。三木さんね、スタイリスト目指してるんだって。
あんなに楽しそうに人にメイクできるなんて、本当にこういうことが好きなんだね」

そう言いながら私は、自分が将来仕事をしているところを想像してみた。

大きな会社の中で、ビジネススーツを着て忙しく駆け回る私。
手にはラップトップと携帯、それに沢山の資料。

子供の頃からそんな自分を幾度となく想像してきた。
でも、その想像の中の私はいつも、楽しいというより、厳しい表情をしている。

誰にも負けたくない。常に一番でいたい。
そのために、誰よりも沢山仕事をする。

沢山仕事をして、一番になって・・・それから?

私はそれからどうしたいんだろう。
なんのために、そうしたいんだろう。

・・・ううん。
それから、なんてない。
一番になることが大事なんだ。
そのこと自体が目的なんだ。

それが私の目標であり、幸せだ。


「先輩?」

いつまでも三木さんの後姿を見ていた私を、湊君が覗き込む。

「ううん。なんでもないの」
「これからどうしますか?」
「本屋さんに行きたい」

湊君が笑った。

「先輩、本屋でバイトしてるのに、休みの日まで本屋に行きたいんですね」
「バイトしてるのは、小さな本屋さんだもの。新宿の本屋さんは、大きいんでしょ?」
「あはは。大きいですよ。迷子にならないでくださいね。
でも、その前に三木さんに言われた通り、メイク用品を買いに行きましょう」
「え、いいよ・・・もうじゅうぶん」
「何言ってるんですか。明日、綺麗な先輩で、坂上先輩の彼氏に会いに行って下さい」

湊君が私の目をじっと見る。
そのあまりに真っ直ぐな視線に耐えられず、私は目を逸らした。

「どうしても買いに行かないって言うんなら、代わりに俺が買ってきちゃいますよ?」
「ダ、ダメよ、そんなの!わかった、行くから!」
「じゃ、行きましょう」

突然、湊君が私の手を握った。


え?


ビックリしすぎて、それを振り払うこともできないまま、
私は湊君に引っ張られて、歩き始めた。

デパートの外に出た時にはもう、
自分の将来がどう、とか、そんなことは全部、
頭の中から綺麗に消えていた。
 
 
 
  
 
 
 
 
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