第1部 第15話
 
 
  
 「宮崎さんって、やっぱり素敵な人ね」

寮へ帰る途中、私がそう言うと春美ちゃんは「ふふ、そうですか?」と、
嬉しそうに笑った。

「それにしても亜希子さん、本当に携帯の使い方、分かってませんね」
「だって、全然使わないんだもの」
「それにしたって、赤外線の使い方くらい知っておいた方がいいですよ?」
「・・・はい」

宮崎さんとの別れ際、「何かあったときのために、携帯を教えておいてくれませんか?」と言われ、
番号とアドレスを交換しようと思ったのだけど、
私は自分の番号とアドレスの呼び出し方も、それを赤外線で宮崎さんの携帯に飛ばす方法も分からず、
結局全部、宮崎さんにやってもらったのだった。

「全然って言っても、最近柵木君とアドレスとか交換したんじゃないんですか?」
「あー・・・そういえば、してない」
「一緒に買い物するような仲なのに?」
「・・・うん」

だって必要ないから。
知り合いになったら取り合えず番号を交換しよう、っていうのは嫌いだし、
(宮崎さんの場合は、必要になることがあるかもしれないからいいけど)
湊君も聞いてこないし。

そもそも、私に携帯なんて必要ない。
親が「親元離れてるし、万一の時のために」と言って私に中1から持たせているけど、
この5年間「万一の時」は一度もなかった。
アドレス帳に入っている番号も10件ほど。電話もメールもしない。
基本料金の無駄だ。

「亜希子さん。今度は柵木君を私に紹介してくださいね!」
「えっ。どうして?」
「だって、亜希子さんの将来の彼氏かもしれないじゃないですか」
「かもしれなくない」
「・・・その文法、亜希子さんらしくないですね」
「そうね。おかしな言葉ね」

そんなことを言いながら、私と春美ちゃんは校門をくぐり、
寮の方へ向かって歩いていたのだけど、噂をすればなんとやら。
偶然にも、男子寮からちょうど湊君が出てきたのだ。

「あ。湊君」
「先輩!・・・に、坂上先輩。ということは、『お見合い』はもう終わったんですね?」
「うん」

湊君は足早に私に近寄り、昨日のように私の顔をジーっと見つめ、
それからニコッと笑った。

「メイク、上手にできてるじゃないですか」
「・・・男の子に、メイクのことでそう言われるのって微妙ね」
「えー?褒めてるのに」

いつもの調子で湊君と話していると、
春美ちゃんが私の肘を引っ張った。

目が「亜希子さん!さっきの約束!」と言っている。

「あ、湊君、この子が・・・って、知ってるのよね。『海光一の美少女』だもんね。
春美ちゃん、この子が・・・こっちも知ってるのか。『ピアスの柵木君』よ」
「はじめまして、坂上先輩」
「はじめまして。亜希子さんがお世話になっています」
「こちらこそ」

湊君と春美ちゃんは、お互いわざと馬鹿丁寧にお辞儀しあう。
湊君なんて、気をつけの姿勢取ってるし。

「で、坂上先輩の彼氏さんとの対面は上手く行きました?」
「おかげさまで。『想像していた通りの人』って言われたよ」
「じゃあ、大成功ですね!」
「うん。ありがとう、湊君・・・何?春美ちゃん、ニヤニヤして」

春美ちゃんが珍しくイタチ目で私と湊君を見比べている。

「だって。『湊君』って。亜希子さんが男の子のこと、そんな風に呼ぶなんて意外です」
「こ、これは!」
「俺が、苗字で呼ばれるのが嫌だって言って、先輩にお願いしたんです」

湊君が助け舟を出してくれる。

「そうなの?じゃあ、私も『湊君』って呼んでいい?」
「はい」
「よろしくね、湊君。私も『春美』でいいよ」
「はい、よろしくお願いします、春美さん」

そう言って二人はまたお辞儀し合う。


・・・「湊君」に「春美さん」、か。


私は、わざと客観的に2人を見てみた。

笑い合いながら「湊君」「春美さん」と言っている二人は、
傍目にとってもお似合いだ。
春美ちゃんは、宮野さんみたいな大人の男の人とも釣り合うけど、
湊君みたいな可愛い年下の男の子とも釣り合う。

かわいいから、誰とでも釣り合うのかな。

でも、湊君とは本当にしっくり来ている気がする。

「亜希子さんをこんなに綺麗にしたの、湊君なのね?」
「ええ?いや、俺は一緒に買い物行っただけですよ」
「でも、湊君がいなかったら、亜希子さん絶対にメイクしようなんて思わなかったと思うよ?」
「そうですか?」
「そうよ」
「じゃあ、俺、いいことしましたね」
「ふふふ、そうね。私も湊君とお買い物に行ったら、綺麗になるかな」
「春美さんは、充分過ぎるくらい綺麗だから、変わりようがありませんよ」
「口が上手ねー」

そんな会話をしながら、2人はまた微笑み合う。


・・・なんだか、胸の奥にモヤモヤしたものが広がってきた。
2人が楽しそうに話しているのを見れば見るほど、そのモヤモヤの面積が、
いや、体積が大きくなる。

何、これ。
さっき、春美ちゃんと宮崎さんが仲良く話してるのを見てても、
こんなモヤモヤは生まれなかったのに。

私はわざと口を噤み、2人から視線を逸らしたけど、
そのモヤモヤは消えることなく、いつまでも私の胸の中に居座った。
 
 
 
 
 
 
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