第1部 第17話
 
 
 
「お。亜希子。その本、面白そうだな。読み終わったら貸してくれよ」

以前湊君と一緒にいる時に買い損なった本をやっと手に入れ、教室で読んでいると、
卓巳が目ざとくそれに気付き、やってきた。

「いいよ。はい」
「え?読み終わってからでいいって」
「もう、1回読んだの。今、2回目。だからいいよ」

卓巳は感心したような呆れたような顔になった。

「さすがだな。んじゃ、ありがたく借りるよ」
「卓巳、こんな本に興味あるんだね」
「まーな、一応」
「そう。・・・ねえ、」
「ん?なんだよ?」

私は周りのクラスメイトに聞こえないよう、声を落として言った。

「卓巳って・・・恋愛には興味ある?」
「はあ!?」

卓巳が素っ頓狂な声を上げる。

「レンアイって、あの恋愛?
こいあいと書いて、恋愛?」
「・・・他に、どんな『恋愛』があるのよ」
「いや、ないけどさ・・・あー、ビックリした。亜希子の口からそんな言葉が出てくるとは。
織田信長の口から生類憐みの令が出てきても、こんなに驚かないぞ」
「・・・」

鳴かないホトトギスを殺しちゃう人だもんね。
それにしても、織田信長と生類憐みの令って時代が違いすぎ。
ていうか、どういう例えよ。
さては、日本史の勉強でもしてたな。

「恋愛かー。今はそんなこと言ってる時じゃないもんなー」

卓巳は、私から借りた本を持ったまま手を頭の後ろで組んだ。

「・・・だよね」
「なんでそんなこと聞くんだよ?・・・まさか、好きな奴ができたとか?」
「そんなんじゃないの。ただ、みんな恋愛とかって興味あるものなのかな、と思って」
「ふーん。まあ、今は受験生だし、そうでなくても海光の生徒は普通の高校生より、
恋愛なんかには関心低いと思うぞ」
「うん。そうだよね。うん・・・そう、それを確認したかったの」
「は?変な亜希子」

卓巳はそう言って、ゲラゲラと笑った。

でも私は卓巳の言葉を聞いて、ホッとした。
そう、私は普通だ。
海光の生徒はみんな、私みたいな生徒ばかりだ。
湊君や春美ちゃんは、海光の中では「変わってる」んだ。

そう。私は普通なんだ。
何も悩むことはない。

私は帰り支度をすると、なんとなく気合を入れて席を立った。




「先輩!」

下足室の前のベンチに座っていた湊君が、私を見つけて駆け寄ってくる。

「あれ、湊君?どうしたの?」

意外そうな振りをしたけど、実は湊君が待っている予感がしていた。
だって・・・

「どうしたの、じゃありませんよ。先週の金曜日も昨日も、どうして学食来ないんですか?」

湊君が例の如く口を尖らせる。

「ああ。バイトの時間が変わってね。金曜は早く終わるようになったの」
「・・・そうなんですか」
「うん。言ってなかったね、ごめんね」
「いえ・・・」

嘘じゃない。
ただ、私がバイト先に無理を言って時間を変えてもらったのだ。

「じゃあ、もう金曜日の10時頃には、学食に来ないんですか?」
「うん。8時頃に食べてるの」
「・・・」

明らかに湊君が不機嫌になる。

なんでよ?
別にいいじゃない。
1人が嫌なら、春美ちゃんと食べればいいでしょ?


春美ちゃんに「湊君に告白された」と聞いてから、湊君とだけでなく、
春美ちゃんともろくに話をしていない。
「話をしていない」というのは、言葉を交わさないという意味ではなく、
当たり障りのない会話しかしていない、ということだ。

だから、その後春美ちゃんが本当に宮崎さんと別れて湊君と付き合っているのかどうか、
私は知らないし、知ろうとも思わない。
ただ、春美ちゃんはもう宮崎さんの家に泊まりには行っていない。
多分、これからももう、泊まりに行くことはないだろう。

「じゃあね。私、用事があるから」
「用事?」
「うん。月島君と出掛けるの」
「え?月島と?」

私はそれ以上湊君には応えず、さっさと靴を履き替えて校舎を出た。
背中に湊君の視線を感じたけど、敢えて振り向きはせず、
真っ直ぐに校門へ向かう。

校門の前には、約束通り月島君が待っていた。

「ごめんね、待った?」
「いえ。よかったんですか?何か、湊さんがこっち見てますけど」

月島君が下足室の方を見る。

「いいの。もう済んだから」
「そうですか」
「さ、行きましょ」

私は月島君を促すと、足早に学校を離れた。



「あはは」
「え?何?」

突然笑い出した月島君に驚いて、私は思わず足を止めた。

「いや・・・さっきの湊さん。捨てられた子猫みたいな顔してたから」

そんな顔してたんだ。

「もうちょっと構ってあげて下さいよ。湊さんて、意外と傷つきやすいんですから」
「別に私が構う必要ないでしょ」

そんなつもりはなかったけど、私の言い方が強かったのか、月島君は少し驚いたような顔をした。

「湊さんと喧嘩でもしたんですか?」
「してないわよ。私、湊君と喧嘩するような仲じゃないし」
「・・・っぷ」
「何よ。どうして笑うの?」
「いえ・・・すみません・・・あははは」

月島君は口元を押さえて必死に堪えようとしたけど、
我慢できなかったのか、1人で笑い始めた。

「す、すみません」
「何か面白かった?」
「はい。とっても」
「・・・」

ようやく落ち着いたのか、月島君は笑顔で私に言った。

「小倉先輩は、湊さんのことが好きなんですね」
「・・・そうね。弟みたいだもの」
「そうじゃなくて。男の人としてってことです」
「・・・まさか」

私がそっぽを向くと、また月島君は笑い出した。

「でも、湊さんにもし彼女ができたらショックでしょ?」

「もし」じゃないけどね。
ショックでもないし。

心の中でそう答え、黙っていると、
月島君は、さっき私が卓巳に訊ねたのと同じことを言った。

「小倉先輩は、恋愛に興味ありますか?」

 
 
 
  
 
 
 
 
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