第1部 第19話
 
 
 
2人は私と目が合うと、物凄く驚いた表情になった。

何よ。
こんなところで逢引しなくたっていいじゃない。

だけどそう思った次の瞬間、
春美ちゃんがヘナヘナと床に崩れ落ち、しゃくり上げるようにして泣き出した。

「は、春美ちゃん?」

私は驚いて春美ちゃんに駆け寄ろうとしたけど、できなかった。
それより早く、湊君が恐い顔をして大股で私に近寄ってきたから。

「先輩。こんなところで何やってるんですか?」
「・・・そっちこそ」

何故か怒っている湊君に、精一杯強がって言い返す。
でも湊君は、私の言葉を聞いて更に怒った。

「先輩を探してたに決まってるじゃないですか!」
「・・・え?私を?」
「そうですよ!」

私がキョトンとしていると、
湊君が春美ちゃんの方を見た。

「春美さんから、『亜希子さんが戻ってこない』って電話があって・・・
それでずっと2人で探してたんですよ!?」
「・・・」
「携帯も部屋に置きっぱなしだし、もうちょっとで先生達に知らせるところでした」
「・・・」

湊君の剣幕と予想外の言葉、それに泣きじゃくる春美ちゃんに、
私の頭はパニックになった。

「え・・・え、じゃあ私に何かあったと思ったの?」
「真夜中に部屋を出て行って戻ってこなかったら、そりゃそう思うでしょう!?」
「う、うん」
「せめて携帯を持って行くとか、メモを書いておくとか・・・心配させないでくださいよ!
子供じゃあるまいし!」
「ごめん、なさい・・・」

ごもっとも過ぎて、
申し訳なさ過ぎて、
顔が上げられない。

まさか、そんなことになってたなんて。

私は、顔を伏せたまま湊君の脇をすり抜け、
床にうずくまっている春美ちゃんのところへ駆け寄った。

「春美ちゃん!ごめんね、心配かけて・・・」

春美ちゃんは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらフルフルと頭を振った。

「よ、よかった・・・亜希子さん・・・生きてて・・・」
「何言ってるのよ・・・私が死ぬ訳ないでしょ」
「だって・・・」

ますます激しく泣く春美ちゃんを見ているうちに、なんだか私まで泣けてきた。
そして私と春美ちゃんはそのまましばらく、抱き合うようにして泣き続けた。

こんなに泣いたのは、いつ以来だろう・・・

誰かが自分のために泣いてくれたり、
こうやって一緒に泣いたりするのって、
なんだかホッとする。

自分は1人じゃないんだって、実感できて。



どれくらいそうしていただろう。
ようやく春美ちゃんが涙を拭いて立ち上がった時には、
窓の外が少し明るくなり始めていた。

「亜希子さん。私、部屋に戻りますね」
「うん。私も一緒に戻る」

だけど春美ちゃんは笑顔で首を振った。

「ダメです。湊君にも迷惑かけたんだから、亜希子さんは湊君に謝っておいてください」
「うん、でも、」
「でも、じゃありません」

春美ちゃんのビシッとした言い方に、私は思わず笑った。

「はいはい。わかったわよ。じゃあ後でね」
「はい・・・あの、亜希子さん」
「何?」
「・・・ごめんなさい」
「へ?何が?」

どうして春美ちゃんが謝るの?

だけど春美ちゃんは答えずに、「寝なおさなきゃ、お肌に悪い!」と明るく言って、
図書室を出て行った。



私は、春美ちゃんを見送った後、おずおずと湊君に向き直った。
湊君は、ムスッとした表情のまま窓の外に目をやっている。

私と湊君の間に、いや、図書室中に、気まずい沈黙が流れる。

でも・・・ここはやっぱり、私が切り出さないとダメよね?

「湊君も・・・ごめんね」
「・・・こんな時間にこんなとこで何やってたんですか」
「読みたい本があって、読んでたの」
「はぁ?」

湊君が心底呆れた様子で、私を見た。

「本を読んでた?」
「うん」
「こんな時間に図書室に忍び込んで読む必要があるんですか?」
「どうしても今すぐ読みたくって」
「・・・何の本ですか?」
「松下幸之助の本」
「・・・・・・」

湊君は、これ以上ないというほど大きなため息をついて、床にしゃがみ込んだ。

「なんなんですか、一体・・・」
「・・・ごめんなさい」

よく考えれば、確かに馬鹿馬鹿しい。
いくら今すぐ読みたいと言っても、何も夜の図書室に忍び込む必要はない。
月曜まで待って、学校が開いてから図書室に行くとか、
待ちきれないなら日曜に本屋さんで買うとか・・・

「心配かけて、ごめんね?」

私は湊君の脇に両膝をついて、もう一度謝った。

「・・・もう、いいです。とにかく、無事でよかった」
「・・・うん」

湊君がぺたんと床に座る。
私もなんとなくその隣に同じ格好で座った。

「・・・でも、無駄じゃなかった」
「え?」
「今日、図書室に忍び込んでまで本を読んだのは、無駄じゃなかった」

湊君が、また呆れたように私を見る。

「それはよかったですね。何か収穫でもありましたか」
「うん」
「そうですか」

私は両膝を手で抱えて体育座りをした。
本当は湊君の方を見たかったけど、さすがにその勇気はなく、
目の前の机の脚をじっと見つめながら言った。

「私、湊君のことが好きだったんだってことに気がついた」
「・・・松下幸之助の本を読んでそんなことに気付いたんですか」
「うん」
「そりゃ、松下幸之助もビックリでしょうね」
「ふふ、そうね」

そう、私は湊君のことが好きなんだ。
自分でそれに気付かなくて、ううん、気付くのが恐くて、
わざと気付かない振りをしていた。
誰かを好きになったりなんかしたら、自分が自分じゃなくなる気がして・・・
今まで私が築いてきたものが、全て崩れるような気がして。

そのくせ、湊君が春美ちゃんのことを好きだと知ったら嫉妬して、
湊君のことも春美ちゃんのことも避けた。
しかも、湊君は春美ちゃん目当てで私に近づいたんだ、なんて勝手に怒って・・


一心不乱に本を読んでいるうちに、私はそんな初歩的なことに気がついた。
湊君は呆れているけど。


「先輩」
「・・・うん」

湊君が座ったまま私の方を向いた。
だけど私は今更恥ずかしくなってきて、
少し顔を伏せたまま机の脚を見続けた。

湊君はそんな私に何か言おうとしたけど、気が変わったのか、
小さく息をつき・・・

すっと私の顔の前に腕を伸ばした。

驚いて顔を上げると、
湊君は伸ばした腕をそのまま私の肩に回し、
もう片方の腕を私の背中に回した。


そして私を包み込むように抱きしめながら、
キスをした。
 
 
 
  
 
 
 
 
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