第2部 第10話
 
 
 
海光の入学式の日、俺の気分は最悪だった。

「受験勉強なんかしてないけど、なんか海光に受かっちゃいました」なんて
どっかのふざけた奴じゃないけど、
俺も海光なんか受験するつもりじゃなかった。

普通に地元の私立中学を受験しようと思ってた。

海光を受けたのは、一度東京に行って、
「笑っていいとも!」のオープニングに出てくるアルタを見たかったからだ。
あわよくばテレビにも映りたかったが、生憎午後12時は入試の真っ最中だった。
もっとも、それまで俺がやってきた受験勉強など何の役にも立たないような試験だったけど。

ところがいざ蓋を開けてみると何故か合格。

そして海光についてよくよく調べてみると、
毎年50人しか合格できない、とか、
将来の会社経営者の育成を目的にしてる、とか、
全寮制だ、とか、
校則がない、とか。

田舎の小学生にはなんとも魅力的な言葉ばかりだった。
で、「いっちょ入学してみるか」とばかりに俺は海光に通うことを決めた。

ところが。

入学式が始まってわずか5分。
俺は既に後悔していた。

なんだ、この何とも言えない居心地の悪さは。

在校生はみんな賢そうなエリートばかりだし、
新入生は誇りと期待で胸を膨らませた真面目君ばかりだし、
その保護者ときたら、卒業式でもないのに涙に暮れている。

なんか俺、すげー場違いなんですけど。

のちに俺は、真面目そうに見える先輩や同級生も結局は同世代の少年少女で、
普通に仲良くなれるということに気付くのだが、
とにかく入学式の時点ではお先真っ暗で、早くもホームシックにかかっていた。


あー・・・そろそろ潮干狩りの季節だな。
毎年この時期は、家の近くの海岸で目一杯アサリを取ってるのに、
今年はそれもできないのか・・・いや、今年からずっとできないのか・・・
東京には海はないもんなー・・・


東京湾があるだろ、という突っ込みは、この際無視するとして。

俺はあまりの退屈さに、首を回してボンヤリと講堂全体を見渡した。
さすが私立だけあって、立派な建物だ。
校舎や寮も綺麗で設備も充実している。
学食もうまい。

それに制服も凝ってる。
中等部から男子も女子もブレザーで、その胸にはW・K(ダブル・K)と刺繍されている。
これが海光の生徒の証で、みんなこれに憧れて入学してきたんだろうけど・・・

そんな全てが俺には重過ぎる。


その時、後ろの在校生の席の一つに目がとまった。
いや、目が引き寄せられた。


・・・かわいい。


そこには、信じられないような美少女が座っていた。
中等部の制服を着ているということは、中2か中3なんだろう。


うわー。海光に、いや、この世にあんなかわいい人がいるなんて。


その美少女のお陰で、入学式は楽しいものになった。





坂上春美、中等部の2年生。
出身は静岡県。
彼氏、あり。

美少女に関するこれだけの情報が入学式当日に入ってきたのだから、大した収穫である。
でも、それもそのはず。
入学式で彼女に一目惚れしたのは、俺だけじゃなかった。

新入生のほとんどが彼女の存在に気付き、
そのうちほとんどの男子生徒がポーっとなった。

もちろん、先輩達の間でも人気がある。

となれば、これくらいの情報はすぐに回ってくる。
なんたって全寮制だからな。
風呂なんかでは、毎日坂上先輩の話題で盛り上がった。


でもゴールデンウィーク明けには、新入生の間の「坂上春美熱」も一段落した。
坂上先輩みたいに可愛い人は所詮観賞用だと割り切ったり、
同級生に好きな女子ができたり、
やっぱり勉強第一!だったり。

でも、俺の中の「坂上春美熱」は一向に冷めないどころか過熱する一方。
彼氏がいるなんてことは、全然ブレーキにならなかった。

どうやったら坂上先輩に俺の存在を知ってもらうことができるだろう?

まずは、坂上先輩と同じ部活に入ろうとした。
が、坂上先輩の部活は家庭科部なるもの。
どう考えても俺が入れる部活じゃない。
(今なら、草食系男子っぽくってアリかもしれないけど)

次に考えたのが、とにかく外見で目立とう、ということ。
で、早速髪を染めてみた。
髪を染めてる奴なんて海光の中にもゴロゴロいるから、
ちょっとくらいの茶髪じゃ目立てないだろうと、結構派手な色にしてみたものの、あえなく失敗。
坂上先輩は廊下ですれ違っても、俺に目もくれなかった。


どーしたら、いいだろう・・・
どうやったら、坂上先輩にお近づきになれるだろう・・・


そんな悶々としていたある日。
俺はあることに気がついた。

坂上先輩はいつも同じ女子生徒と一緒にいる。
かなり仲がいいらしい。

俺同様、「坂上春美熱」が冷め切らない同級生からの情報によると、
彼女は小倉亜希子、中等部の3年。
入試を含めて成績は常にトップ。
お高くとまった完璧・潔癖女子。

でも、そんなことはどうでもいい。
俺にとって重要なのは、小倉先輩は坂上先輩のルームメイト、という事実だった。
それもただのルームメイトじゃない。

海光では、寮の部屋割りは毎年3月にクジで決められるが、
特に申請があった場合は、希望する相手と同室になれる。
(ちなみにこんなルールも生徒が作った)

坂上先輩は中学1年の時にたまたま小倉先輩と同室になり、
今年は「特に申請」して、再び小倉先輩と同室になったらしいのだ。
しかも、坂上先輩の方から言い出したことらしい。

そうか。
坂上先輩は、小倉先輩みたいな人が好きなんだ。

単純な俺は、それから勉強をしまくった。
しかも坂上先輩は夏に彼氏と別れたらしい。
お陰でますます勉強を頑張れたし、成績も上がった。

それでもやっぱり坂上先輩の目にはとまらない。

これはもう・・・面と向かって告白するしかない。

そう気付いたのは、俺が中学3年になった時だった。
って、俺の歳なんてどうでもいい。
問題は、俺が中学3年生ってことは、1個上の坂上先輩は高校1年生ってことだ。
つまり、高等部になる。
つまり、校舎が違う。
つまり、もう会えない。

はあ。

いや、チャンスはまだある。
来年になれば俺も高等部だ。
・・・よし。高等部への進級テストでトップになろう。
そうすれば、入学式で高等部への入学許可証を代表で受け取れる。
そうすれば、いくらなんでも坂上先輩も俺の存在を知ってくれるだろう。

それから告白だ。



こうした数々の涙ぐましい努力の結果、
俺は進級テストで本当にトップを取り、入学式で入学許可書を代表で受け取ることができた。

ところが、俺の計画は一日にして、
いや、一瞬にしてご破算となる。

あの日、たまたま学食で小倉先輩が1人で夕飯を食っていなければ。
俺が興味本位で先輩に声をかけたりしなければ。

計画通り坂上先輩に告白し、恐らくOKの返事をもらえていたのに。


人生、わからないものだ。







「何、それ」
「・・・」
「じゃあ湊君は、私に一目惚れして振り向いてもらおうと散々努力したのに、
一瞬で亜希子さんの虜になっちゃったわけ?」
「わかんないもんですよねえ」
「ねえ、じゃないわよ」

春美さんが、3つ目の東京バナナに手を伸ばす。
相当ご立腹らしい。

「どうしてもっと早く告白してくれなかったのよ」
「・・・そうですね。してたら、今頃付き合ってたかもしれませんね」
「・・・」

そうだとしても、春美さんを通じて先輩と知り合えば、
俺はやっぱり先輩を好きになっていただろう。

春美さんもそう思ったのか、
それ以上俺を責めなかった。

いや。責めた。

「赤福って、愛知のお菓子だっけ?」
「・・・三重ですね」
「愛知と三重ってお隣同士でしょ?買ってきてね」
「・・・」
 
 

  
 
 
 
 
 ↓ネット小説ランキングです。投票していただけると励みになります。 
 
banner 
 
 

inserted by FC2 system