第2部 第17話
 
 
 
「ピアスの兄ちゃん。ハートの折り方、教えてちょうだいな」
「またですかー?富田さん。さっき教えたとこじゃないですか」
「忘れた」
「ほんとに?俺に折らせて、自分が楽しようとしてるだけじゃ?」
「全く、近頃の若いモンときたら、老人に対する扱いが・・・」
「はいはい。わかりましたよ。折り紙、貸してください」

俺は富田のおばあちゃんからピンクの折り紙を受け取ると、
テキパキとハートの形に折り上げた。
老人ホームのバイトを始めた頃は、折り紙なんて鶴もろくに折れなかったけど、
今では、何でも来い!だ。

「はい。できましたよ、どうぞ」
「もう一個」
「えー?またですか?何個折ったらいいんですか?」
「千個」
「は?」
「千羽鶴みたいにつなげて、孫にあげようと思ってな」
「・・・」

俺が困っていると、
ホームの職員さんが助け舟を出してくれた。

「富田さん。柵木君はもう学校に戻らないといけませんから」
「マセギクン?誰のこと?」
「富田さん・・・いい加減、俺の名前、覚えてくださいよ」
「ああ、ピアスの兄ちゃんのことか。『ピアスの兄ちゃん』でじゅうぶんじゃろ?」
「まあ、いいですけど」
「おんや?そういえば夏休み前はピアス外してたのに、今日はまた付けてるな」
「・・・」
「しかも、色が変わっとる。前は青だったのに、今は赤か。信号機みたいじゃなあ。次は黄色か」

・・・富田さん。そんなに記憶力いいなら、俺の名前くらい絶対覚えてるでしょ。


俺は苦笑しながらホームを出た。

4月から始めたここでのバイトも、9月いっぱいで終わりだ。
最近じゃ飯の盛り付けとかお年寄りの話し相手だけでなく、
風呂の手伝いとかもさせてもらえるようになった。

結構俺に合ってて、楽しいバイトだったのに・・・

まあ仕方がない。
次はどんなバイトだろう。

そう言えば先輩も、8月で本屋のバイトを終える。
もうバイトは卒業するそうだ。
受験生だもんな。
先輩ならどの大学でも受かるだろうけど、そろそろ勉強に専念したほうがいいかもしれない。


暑さで喉の渇きを感じ、俺は近くのコンビニに入った。
入り口のすぐ脇に、子供用のちょっとしたおもちゃが置いてある。
・・・そうだ。

俺は棚の前で、物色を始めた。





「はあ・・・・」
「お。月島。今日から入寮か」

俺が寮に入ると、ブルーを通り越してダークなオーラを身にまとった月島と出くわした。

「今日から、って明日から2学期じゃないですか。今日中には入寮しないと」
「そっか。そうだったな」
「はあ・・・・」
「また湊さんにつき合わなきゃいけないのか、みたいな顔するなよ」
「あ。バレました?」

いい加減こいつの思考回路も読めてきた。

「じゃあお望みどおり、つき合わせてやるよ」
「え?」
「こっち来い」

俺は寮のロビーに月島を引っ張って行った。


「で、こうやって、こうやって。ここをこう折ったらハートの出来上がり!だ」
「・・・これを俺にも折れ、と?」
「はい、これが月島の分」

俺はコンビニの袋から100枚入りの折り紙を5つ出すと、月島の手に押しつけた。

「なんの冗談ですか」
「本気、本気」
「・・・」
「今週中に頼むな」

これだから戻ってきたくなかったんだ!という顔の月島を放置し、
俺は1人でエレベーターに乗り、自分の部屋の階のボタンを押して壁にもたれた。
エレベーターの中の鏡に自分が映る。

その右耳には、赤い石のピアス。

思わず顔がニヤけた。



6日前。
俺が東京に戻って来た日だ。

ホテルで思い切り先輩を抱いた後、
俺はぐっすりと眠った。
でも夢現ゆめうつつに、隣で寝ている先輩を抱きしめようとしたところで目が覚めた。

あれ?先輩がいない?

しばらく目を瞑ったままベッドをまさぐったけど、
どう考えても先輩はいない。

俺は目を開き、起き上がった。

「先輩?」
「あ。ごめんね。起こしちゃった?」

先輩はホテルのバスローブに身を包み、
テーブルの前のソファで自分の鞄を開いていた。

バスローブなんか着なくていいのに。
どうせまたすぐ脱ぐんだし。

「何してるんですか?」
「うん・・・、湊君」
「はい」
「これ、」

先輩は鞄の中から何かを取り出し、それを俺の方へ持ってきた。

俺は、ベッドに座った先輩の腰に手を回し、
後ろから抱きしめながらその手の中の物を見た。

黒い紙製の箱だ。
掌に乗るくらいの小さな箱だけど、がっちりしていて重厚感がある。

「なんですか、それ?」
「湊君にあげようと思って」
「俺に?」

小箱を受け取り、さっそく開けてみる。

そこには・・・

「ピアス?」
「うん。湊君、最近ピアスつけてないでしょ?いつもつけてたやつが壊れたのかと思って」
「・・・」
「ピアスって、湊君のトレードマークだったから、ないとなんだか変な感じがしてたの」
「・・・」

俺は無言で小箱からピアスを取り出した。
前つけてたのよりも少し小ぶりの、赤い石のピアスだ。

「あ、前は青いのだったよね?でも、私の中の湊君のイメージって、赤色なの。
情熱の赤って感じで・・・」

何故かちょっと照れくさそうにそう言う先輩。

俺は耳にピアスを付けてみた。

「・・・軽い」
「うん。重いと肩こりしそうじゃない?湊君は片方だけだし、特にね」
「あはは、俺の肩こりの心配までしてくれてるんですね」
「うん。でも凄いね。鏡も見ずにつけられるんだね」
「慣れてますから」

でもやっぱり鏡がないと、つけた姿を自分で見られない。
俺はドレッサーの前に行き、久しぶりにピアスをつけた自分の顔をじっと見た。
心なしか、顔が引き締まって見える。

「ほんとだ。俺、赤い方が似合うかも」
「でしょ?」
「・・・先輩!」

俺はベッドに座っている先輩を、勢い良く押し倒した。

「ありがとうございます!凄く嬉しいです!一生大切にします!」
「大袈裟ねぇ・・・いらなくなったら捨てちゃっていいよ」
「捨てるわけないじゃないですか!」

俺は先輩を抱きしめながら、
自分の右耳を触った。

本当に軽い。
つけてるのかつけてないのか、分からないくらいに。
前のピアスとは大違いだ。

なんて・・・
なんて軽くて、心地よい束縛感だろう。

そう、前のピアスと違って・・・

「・・・先輩。実は前のピアスも、元カノからのプレゼントなんです」
「え?」
「すみません、こんな時にこんな話。事情があって・・・好きで付き合ってた彼女じゃないんです。
でも彼女は俺のことを好きで、別れる時、寝てる間に勝手にピアスの穴をあけられたんです」

先輩は驚いたような顔をして笑った。

「勝手に?すごい事する彼女ね」
「ですよね」
「しかも・・・寝てる間に?」
「そこは聞き流してください」
「ふふふ」
「で、あの青いピアスを付けてて欲しいって言われて渡されました。
その時は正直、全然嬉しくなかった。むしろ嫌でした」
「うん・・・」
「でも今は、あの時ピアス穴をあけてくれた彼女に感謝したいくらいです」

そう言って俺がキスすると、先輩は俺の右耳に手を伸ばした。

本当に嬉しい。
でも同時に、今更ながら詩織に対して申し訳なさが込み上げてくる。

詩織はいつも、俺を喜ばせようと必死だった。
あのピアスだって、俺を束縛したい気持ちもあっただろうけど、
詩織なりに必死に考えた、俺へのプレゼントでもあったはずだ。

そんな全てを、俺は嬉しいと思うことなく詩織と別れた。

この夏、俺と詩織は昔のような兄妹に戻れた。
でも、俺が詩織を傷つけたという事実は消えない。

先輩の気持ちがこもったこの赤いピアスは、新しい戒めだ。

俺が今これほど先輩を好きだという気持ち、
先輩の俺に対する想い、
俺が詩織を傷つけたという事実、

それを忘れないためにも、
このピアスは本当に一生大切にしよう。
  
 
 
 
 
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