第2部 第20話
 
 
 
「いいことを思いつきました」

からあげを箸でつまみながら、月島が言った。

「いいこと?」
「はい。俺、生徒会やってるんですけど、」
「生徒会?お前が?」
「ピッタリじゃないですか」

自分で言うか。
心の中で突っ込みを入れながら、俺も箸を動かす。

「次の生徒会での議題を思いつきました。
寮の部屋を決める時、特に申請があれば同室になりたい生徒と同室になれる、ってルールがありますけど、
特に申請があれば、同室になりたくない生徒と同室にならなくてすむってルールも新設しましょう、
って提案してみます」
「ほー。で、『特に申請』して来年俺と同室にならないようにする、と?」
「湊さん。ちょっとは賢くなりましたね」
「・・・」
「賢いと言えば。MBAとは、さすが小倉先輩ですよね」
「・・・」

相変わらず、デリカシーの欠片もない奴だ。

「でも、湊さんは何を落ち込んでるんですか?まさかとは思いますが、
小倉先輩がMBA取得のためにアメリカへ行くのが寂しい、とか言いませんよね?」

俺は無言でシュークリームの袋を開ける。

「いくら湊さんでも、そんな女々しいこと言いませんよねー?
彼女の夢を応援できないなんて、そんな女々しいこと」
「・・・」
「ま、小倉先輩のことだから、難関のMBAとはいえサラッと取って、
すぐに日本に帰ってくるでしょうけど」
「・・・え?」

俺は思わず向かいの月島の顔を見た。

「え?って何ですか。まさか小倉先輩がMBA取得にてこずるとでも思ってるんですか?
まさかそんな、湊さんじゃあるまいし」
「・・・」
「湊さんが大学受験で浪人してる間には戻ってきますよ」
「・・・なんで俺が浪人すること前提なんだよ」
「あれ?しないんですか?てっきり2年くらいは浪人すると思ってましたけど」
「・・・」

やっぱり月島は頭がいい。
人をここまでイライラさせることができる人間はそうそういまい。

でも・・・そうか。
そうだよな。
先輩のことだ。
MBAなんか、運転免許くらいの気軽さで取って来るかもしれない。

うん・・・大したことじゃない、かも。

「あ。噂をすれば」

月島が学食の入り口を見た。

「先輩・・・」

飯を食いに来たわけじゃなさそうだ。
明らかに誰かを・・・恐らく俺を、探している。

「湊さん。今日も俺、いたほうがいいですか?」
「邪魔」
「ひどいなー」

月島はそう言いながらもお盆を手に席を立ち、
さっさと学食を出て行った。

でも、さすがに俺もここで先輩と話す気にはなれず、
学食を出て先輩の方へ歩いて行った。

「先輩」
「湊君・・・今、いい?」
「はい」

先輩は珍しく麻のワンピースなんか着てる。
そのせいか、いつもより女っぽく見えて・・・

こんな時なのにムラムラしてくる俺って、
やっぱり月島に馬鹿にされても仕方ないんだろうか・・・。






特に行くところもなく、でも人目にはつきたくなくて、
どちらが言うともなく俺たちは夜の校舎に忍び込んだ。
そしてなんとなく、初めての時のように図書室へ向かった。

窓の外から見えない場所に置いてある椅子に隣り合って座る。
先輩はオドオドしているかと思いきや、意外と落ち着いているようだ。

「湊君、ごめんね。MBAのこと、黙ってて」
「いえ・・・」

月島の言葉が頭をよぎる。

そう。
大したことじゃないじゃないか。

頑張ってきてください、って言うんだ。
先輩ならすぐに戻ってきますよね?って。
俺は待ってます、って。

・・・よし。

俺は覚悟を決めて口を開こうとした。
ところが。

「でもね。もうMBAはやめたの」
「へ?」

予想外の言葉に、俺は勢い良く先輩の方を向いた。

「やめた?MBA、取らないんですか?」
「うん」
「じゃあ、アメリカにも行かない?」
「うん」
「・・・」

あれ。
なんで俺、嫌な気分になってるんだろう。
先輩がアメリカに行かないんだぞ?
ずっと一緒にいられるんだぞ?
それなにの、なんでこんなに嫌なんだ。
素直に喜べよ。

「・・・何言ってるんですか。MBA、取りたいんでしょ?アメリカに行きたいんでしょ?」
「湊君・・・」

俺は立ち上がった。

「俺に遠慮して、MBAを諦めるなんて、先輩らしくないです!
俺、待ってますから!先輩は先輩らしく、バシッとMBA取って来てください!」

勢い余って言ってしまった。
でも、嘘じゃない。
そりゃ本当は行ってほしくないけどさ。
俺のせいで、先輩が夢を諦めるなんて・・・
俺のせいで、先輩を苦しめるなんて、そんなの嫌だ。


でも先輩は、俺を見上げて「ふふふ」と笑った。

「ありがとう。でも、そうじゃないの」
「え?」
「湊君に遠慮して、MBAを諦めたわけじゃないのよ。
他にやりたいことを見つけたの」
「やりたいこと?日本で?」
「うん」

俺は再びストンと椅子に座った。

なんだ・・・そうだったんだ。
それなら・・・

「あ。まさか、『湊君のお嫁さんになりたいの』とか言いませんよね?」
「嫌?」
「嫌じゃないですけど」
「ふふ。私がそんなこと、言うと思う?」
「・・・思いません」

思わないけど、言ってくれたら嬉しいな。
あ、でもそれって結局、俺のためにMBAを諦めるってことだよな?

うーん。

腕を組んで考え込む俺を見て、また先輩が笑う。

「湊君とは関係のないことなの」
「そうなんですか」

うん。それなら、素直に喜べる。

先輩は日本でやりたいことがあるんだ。
アメリカには行かないんだ。

・・・よかった!!

俺は心の中でガッツポーズをした。

でも、MBA以上の夢ってなんだろう。
日本で何か取りたい資格でもできたんだろうか?

「何だと思う?」
「うーん、公認会計士になるとか?」
「違う、違う」
「じゃあ司法試験?」
「ううん」
「税理士?司法書士?何かの国家資格ですか?」
「はずれ」
「えー・・・わかりません」

本当にわからない。
大学生の間に起業する、とかなんだろうか。
それだとソフトウェア関係かな。
でも、先輩はどちらかというと経営コンサル的な仕事を目指してると思ってたんだけど。

「全然わからない?」
「はい。全く」
「答えはね、」

先輩が一拍置く。

「お母さん」
「・・・は?」

先輩は笑顔を引っ込め、俺の目を見つめた。


「私、妊娠したの」
 
 
 
  
 
 
 
 
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