第2部 第4話
 
 
 
 「おはようございます、湊さん」

爽やかな日曜の朝、ではなく昼、の学食。
お世辞にも爽やかとは言いかねる声に、俺はお盆から顔を上げた。

「ああ、おはよう、月島」
「おはよう、じゃありませんよ、全く」
「お前から言ったんだろ」
「そうですけど」

ムスッとした顔で、月島は俺の前の席に座り、ドカッとお盆を置いた。
その上には、大盛りの牛丼。
見ただけで胸焼けがしてくる。

俺は自分のうどんをすすることに専念した。

「俺、連続で8時間は寝ないと身体もたないのに、
どっかの誰かが夜中の2時半なんかに大騒ぎするから・・・」
「大騒ぎなんかしてないだろ」
「あれを大騒ぎと言わずして、なんと言うんですか」
「てゆーか、連続8時間ってなんだよ、それ。子供じゃあるまいし」
「12歳の健康優良児ですから、俺」
「・・・」

こんな時だけ子供面すんな。

でも俺は、寝不足と疲労と、なんとなく感じる後ろめたさから、
月島のことは無視してひたすらうどんを食った。
月島も月島で、怒っているのかそれ以上俺に絡まず、牛丼を食べ始める。

それにしても、月島の様子からして月島も今まで寝てたらしい。
ということは、この大盛り牛丼は朝飯か?
確かに健康優良児だ。
って、健康すぎるだろ。

品良く、そのくせすげー速さで牛丼を食い終えた月島が、
俺を見て、ふと呟いた。

「・・・ああ、そういうことか・・・」
「・・・なんだよ?」

月島がニヤッと笑う。
誰が12歳だって?

「よかったですね、湊さん」
「・・・何が?」
「ふーん。なるほどね。オメデトウゴザイマス」
「・・・」
「でも、あんな時間から、どこで?タクシーでホテルにでも・・・」
「月島!!」

俺は思わず両手でバンッとテーブルを叩いた。

「お前、ガキのくせしてなんつーことを、」
「子供扱いしないでください」

健康優良児はどうした!?

その時、月島の後ろにある学食の扉から、先輩が入ってくるのが見えた。
遠目にもはっきりとわかるくらい寝不足だ。
そりゃそうだろう。

しかも、これまた寝不足に違いない春美さんも一緒だ。

いつも通り仲良さそうに話している。
・・・よかった。どうやら揉めたりはしなかったようだ。

「じゃ、俺、部屋に戻りますね」

扉に背を向けてるので2人の姿は見えていないはずなのに、
絶妙のタイミングで月島が立ち上がる。
背中にも目がついてるのか、こいつ?

「ま、待て、月島。もうちょっと付き合えよ・・・」

俺と先輩、
俺と春美さん、
先輩と春美さん、

なら問題ないけど、

俺と先輩と春美さん、

は、ちょっと気まずいだろ、今は。

「な?いいだろ?」
「なんでですか?俺、部屋で本を読みたいんですけど」
「本?」
「松下幸之助の本です。昨日、ちょっと思い出して、久々に読みたく・・・
あれ?どうしました?げんなりした顔して」
「い、いや。・・・よし、これやるからさ」

俺は月島に50円シュークリームを差し出した。
すると月島は、急に真面目な顔になり、腰を下ろした。

「こんなものいりませんけど、湊さんにとっては命より大事な物ですからね。
よっぽどのことなんでしょう。わかりました、もう少しここにいます」
「・・・」

いちいち癇に障る奴だ。



「あ、湊君、おはよう」

春美さんが、男なら誰しも骨抜きにされるであろう天使の微笑みで、
(俺が言うのだから間違いない)
俺に声をかける。

「おはようございます、春美さん」

その春美さんの後ろで、勝手に真っ赤になる先輩。
・・・月島が、ニヤニヤしてやがる。
でも、さすがに無視はできない。

「・・・先輩も、おはようございます」
「おっ、おは、よう」

先輩は滅茶苦茶不自然な声でそう言うと、
これまた不自然なほど俺から離れた席へ向かった。

「亜希子さーん、湊君と一緒に食べましょうよ?」
「イヤ!」

イヤ、って・・・

月島は、限界!と言わんばかりにテーブルに肘をついて手で口元を押さえる。
が、目は完全に笑ってる。

春美さんは不思議そうに、俺と1人で遠くに座った先輩を見比べた。

「あの後、図書室で喧嘩でもしたの?」
「図書室!?」

月島が突然大きな声を上げ、俺を睨んだ。

『湊さん、なんてことを!』
『うるさい!』
『うわー。俺、もう図書室行けない・・・想像しそう』
『月島!!!!!!』

俺と月島の目の会話、というか、睨み合いもなんのその。
春美さんはお気楽に「あ、月島君だよね?はじめましてー」とか言ってるし。

「はい、月島です。はじめまして、坂上先輩」

見事な変わり身の術で、月島が春美さんに笑顔を振りまく。
しかもちゃっかり春美さんの名前を知ってるし。

春美さん、こんな奴に騙されちゃいけませんよ。

でも、さすがに俺も疲れて、
春美さんと月島のにこやかな会話に入る気がしない。

黙ってうどんを消費するのみだ。

が、さすがは春美さん。
先輩も月島も気付いていないことに気付いてくれた。

「あれ?湊君、ピアスは?」
「外しました。もうやめます」
「えー、そうなんだ」

すると、月島がシュークリームの袋を開けながら(いらないって言ったくせに、食うのかよ!)、
首を傾げた。

「あれ?湊さんて、ピアスなんかしてましたっけ?」
「・・・・・・」
 
 
 
 
 
 
 
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