第2部 第5話
 
 
 
 
俺は「ドスドス」という音がしそうな勢いで、
高等部の校舎の2階を歩いていた。

みんなが「あ。ピアスの柵木だ」という目で俺を見る。

もうピアスしてないんだけどな。
まあ、どうでもいいけど。

今はそれどころじゃない。




海光の「学校部分」は3つの建物で構成されている。
3つの中心にある一番大きな建物には、職員室や保健室、それに中等部と高等部の生徒が共同で使う、
体育館、音楽室、視聴覚室、それにアノ図書室なんかが入っていて、「共同棟」と呼ばれている。
ちなみに学食は365日年中無休のため共同棟には入っておらず(共同棟は日曜は閉まるから)、
「学校部分」とは別の建物だ。

その共同棟の左右に、それぞれ中等部と高等部の校舎があり、共同棟とは渡り廊下で結ばれている。
鍵が壊されているのは、高等部と共同棟を結ぶ渡り廊下の扉だ。

海光は1学年に2クラスしかないから、中等部の校舎も高等部の校舎も2階建てで、
1階に1年生と2年生、2階に3年生が入っており、2階の残りの教室は普段は使っておらず、
生徒が勝手に自習室にしたりしている。
でも、1・2年の生徒は、あまり2階へは上がらない。
3年生は受験生だから、邪魔しないようにしているのだ。

受験というのは・・・
高校3年生はもちろん、大学受験。
中学3年生は高等部への進級テストだ。

実はこの進級テストというのが結構厄介だったりする。
そんじょそこらの私立の高校の入試より遥かに難しいし、
やっぱり筆記だけではなく、論文やグループ討議なんかがある。
しかも、合格点を取らなければ高等部へは進学できない。
つまり、海光学園から出て行かなくてはいけなくなる。

でも、今までこの進級テストに落ちたという生徒は聞いたことがない。

当たり前だよな。
こんなとこでつまずいてたんじゃ、なんのために海光に入学したのかわからない。
だからみんな必死で勉強する。
ある意味、大学受験より恐い。

去年の今頃は、俺も机にかじりついていた。

まあ、とにかく。
そんな「受験生」たちに気を使って、
1・2年の生徒は2階へは上がらない。
それなのに1年の「ピアスの柵木」が2階の廊下を歩いてる。
目立つこと、目立つこと。

だけど、さっきも言った通り、今はそんなことどうでもいい。


俺は3年1組の扉の前で立ち止まった。

「あれ?湊。どうしたんだ?」

ありがたいことに、すぐに卓巳さんが俺を見つけてくれた。
中等部時代、バレー部で先輩だった人だ。

「卓巳さん、小倉先輩いますか?」
「小倉?ああ、亜希子のことか」

亜希子?

ピクッと身体が反応する。

・・・そうか、卓巳さんも苗字が「
小椋おぐら」だ。
だから先輩とは名前で呼び合ってるんだろう。
でも、何も呼び捨てじゃなくてもいいだろ?

普段なら気にならないであろう些細なことも、今は気になって仕様がない。

「ちょっと待ってろ。呼んで来るよ」
「・・・はい。ありがとうございます」

この後のバトルを想像すると、今は体力と気力を温存しておいた方がいい。
俺は素直に礼を言った。


この1週間。
「敵ながら見事じゃ」と言いたくなるほど、先輩は徹底的に俺を避けてくれた。

朝はギリギリに登校し、帰りは真っ先に寮に帰る。
学食に来る時間を俺とずらす。
月曜の朝の全校集会の後は一番に講堂を飛び出す。
公共スペースには一切現れない。

さすがは完璧主義の小倉亜希子、と言ったところか。

最初は、「俺、何か嫌われるようなことしたかな」と落ち込んだ。
でもあの夜、先輩は俺のことを好きだと言ってくれたし、幸せだとも言ってくれた。
寮に帰る前も普通に笑顔で「おやすみ」と言ってくれた。

それなのに翌日から先輩の態度は急変した。
急変っていうか、顔をあわせてもくれない。

3日が過ぎる頃には、俺の落ち込みは、怒りへと変化した。

何か気に食わないことがあるなら、そう言って欲しい。
ちゃんと謝りたい。
何もこんな風に避けることないだろ?

そしてちょうど1週間が過ぎた、今日この土曜日。

ついに我慢の限界が来た。
堪忍袋の緒が切れたわけじゃない。

・・・寂しい。
先輩の顔が見たい。
声が聞きたい。

もう、限界だ。


教室の中を覗き込むと、卓巳さんが席に座っている先輩に声をかけていた。
先輩だ・・・
なんか、もはや懐かしい。


おい、亜希子。
何、卓巳?(卓巳!?先輩も呼び捨て!?)
湊が来てるぞ。柵木湊。
・・・え?
ほら、廊下で待ってる。


みたいな会話が2人の間で交わされた、のかどうかはわからないが、
先輩が微妙な表情で俺の方を見る。
それでも俺はちょっと幸せな気分になった。

だけど先輩は「逃げそこなった」と言わんばかりに、のろのろと荷物をまとめ、
鞄を胸に抱いておずおずと出て来る。

「先輩。オヒサシブリです」
「・・・うん」
「出掛けましょう」
「・・・勉強、あるから」

先週の土曜は、月島と出掛けてたのに?

そう言いたかったが、さすがにガキっぽいヤキモチだと思い、
言葉を飲み込む。

「じゃあ、学食で一緒に昼飯食べましょう。それならいいでしょ?」
「・・・うん」

俺は、先輩が逃げないように腕を掴み、
大注目の中、学食へと向かった。
 
 
  
 
 
 
 
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