第2部 第7話
 
 
 
ようやく日が落ちた午後7時半。
俺は所在なく立っていた。
なんせここは女子寮の入り口だ。

しかも梅雨も明けた7月最初の土曜日。

いっそ水着にしたら?と言いたくなるくらい薄着の女子たちが、
俺の方をジロジロ見ながら、寮を出て行く。

大方これからデートなんだろう。

中には「泊まってきます!」と言わんばかりに少し大きめのバッグを手に、
ウキウキと走り去っていく奴もいる。

・・・俺ってこんなひがみっぽい男だっけ?

誰のせいだよ、全く。



俺は手の中の携帯を見た。

いまだに先輩の携帯を知らない俺は、
さっき春美さんに「寮の前で待ってるって先輩に伝えてください」と、
電話でお願いした。

俺と先輩はお互いの携帯を知らないし、教えあう機会もなかった。
でも先輩のルームメイトの春美さんは俺の携帯を知っている。
だったら、先輩が春美さんに俺の携帯を聞いて、俺に連絡してくる、
っていうのが普通だと思った。
だからこの1週間、敢えて俺は春美さんに先輩の携帯を聞かなかった。

だけど結局先輩からは一度も連絡はなかった。
そうなると、ますます俺も春美さんに先輩の携帯を聞けない。

そんなジリジリした一週間だった。

でも、もうそんなくだらない駆け引きはやめよう。
春美さんが、俺と先輩を繋ぐことのできる唯一の存在なら、
素直に春美さんに頼ろう。

春美さんはまだ俺を好きかもしれない。
だったらこんなことを春美さんに頼むのは酷だろう。

それでも、先輩に会いたい。



ちょうど、寮から出てくる生徒達の波が途絶えた頃、
ボーダーのシャツとハーフパンツを着た先輩が姿を現した。

敢えて先輩の表情は見ない。
見たらくじけてしまいそうだ。

俺は、先輩が何か言い出す前に先輩の腕を引き、
寮の裏に引っ張って行った。

そして先輩を壁に押し当て、強引にキスをする。

正直、恐かった。
嫌われたらどうしよう、と思った。

でも・・・

月島が言っていたことに、賭けてみたい。


俺は不安を振り払うかのように、夢中でキスをした。




「・・・はぁ」
「ああ・・・」

唇を離すと、2人同時にため息が漏れた。
息をするのも忘れてキスをしていたから。

だけど先輩はすぐに俯く。

「今日の昼はごめんなさい。勝手に学食出て行ったりして」
「・・・」
「怒ってます?」

先輩がフルフルと首を振る。

「悲しんでます?」

フルフル。

「じゃあ、どうして泣いてるんですか」

フルフル。

「泣いてるじゃないですか」

フルフル。

俺がため息をつきながら先輩を抱きしめると、
先輩は涙声で言った。

「・・・ごめんなさい、湊君のこと避けてて・・・」
「・・・」
「でも、嫌いになったとかそんなんじゃないの」

それを聞いて、今度は俺が泣きそうになった。


よかった・・・


月島万歳。
今度奢ってやろう。
50円シュークリームを。


俺は安心しすぎて眩暈めまいを感じながら、
先輩の身体の感触を味わった。

髪の香り、肌の柔らかさ、頬の温かさ・・・

はあ・・・本当によかった。
もう二度とこれを味わえなかったらどうしようかと思った・・・


だけど安心したら、この一週間の気苦労が急に蘇ってきた。
先輩は先輩で辛い思いをしたんだろうけど、
ちょっと意地悪させてくれよな。

「先輩。勉強と俺、どっちが大事なんですか?」
「そ、そんな・・・」

先輩が口ごもる。

もちろん「湊君」なんて答えは期待してない。
そんなの先輩らしくないし。
でも、あっさりと「勉強」って言われたらさすがに凹むかな。

勉強第一の先輩がこうやって悩んでくれてるってだけで、
御の字だろう。

そう思っていたら。

「・・・私、湊君と一緒にいたい」

へ?

「な、何言ってるんですか、先輩」

思わず先輩を引き離す。
先輩は耳たぶまで真っ赤になり、不安そうな目で俺を見た。

「迷惑?」
「いや、そうじゃなくて・・・」

空耳?
でも、確かに、今・・・

「どうしたんですか?熱でもあるんですか?」
「・・・」
「俺の知ってる小倉亜希子さんは、そんなこと口が裂けても言いませんよ?」
「・・・じゃあもう言わない」
「・・・」

ますます赤くなって、俯く先輩。


あああ。
やばい。
どうしよう。


俺は、ぬいぐるみでも抱きしめるかのように、
先輩をギュッと抱きしめた。

「先輩!」
「く、苦しいよ、湊君」
「ホテル、行きましょう!」
「イヤ!」
「って言っても連れて行きます!」


結局、俺と先輩が寮に戻ったのは日曜の、太陽がだいぶ高くなってからだった。
先輩は「春美ちゃんに散々からかわれた!」と怒っていたけど、それは俺も同じ。
帰ってきた時、寮の入り口で月島とバッタリ出くわして、
「あれ?昨日と同じ服ですね・・・ああ、そっか。よかったですねぇ」と、
嫌味たっぷりに言われたのだから。


あーあ。
俺も先輩も、後輩には手を焼くなあ。
  
 
  
 
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