第2部 第8話
 
 
 
「夏休みね」

先輩がごく普通に話してくる。
だから俺も、わざと普通に返す。

「そうですね。期末テスト、どうでした?」
「いつも通りよ」
「ってことは、トップってことですね?」
「うん。湊君は?」
「俺もトップでした。もうそんなに頑張る必要ないんですけど」
「え?どうして?」
「俺が勉強頑張ってたのは、春美さんの目にとまりたかったからですから」
「・・・」
「だけど先輩も頭の悪い男は嫌いでしょ?」
「そうね。でも、湊君は成績はいいけど馬鹿よね」
「どういうところが?」
「どういうところって・・・あっ、やん」

急に先輩の声が変わる。

でもそれが正解だ。
夏休みとか期末テストの話題の方が、ベッドの中にふさわしくない。

それでも敢えて、続けてみる。

「明日から家に帰らないといけないから、しばらく先輩と会えませんね」
「あ・・・や、ダメ・・・ん・・・」

恥ずかしさを紛らわせるために、普通の会話をしようとしたんだろうけど、
もうその余裕もないらしい。

俺は下にいる先輩の耳元に片手をついて、少し身体を浮かした。
先輩の表情を見るためだ。
でもこれには、単に先輩の顔が見たいという以外にも訳がある。

先輩は指が恐いらしい。
理由は爪があるから。
・・・そんな、爪で先輩の中を傷つけたりしないのに。

でも先輩も、克服したいという気持ちはあるようだ。
(そうとは絶対口に出さないけど)
だから俺は先輩の様子を見ながらじっくり進める。

中指の第2関節が入ったところで先輩の眉間に皺が寄った。
今日はここまでだ。

手を戻して体勢を変え、先輩にキスをすると、
先輩はホッとしたように息をついた。
最初の頃は指が入った瞬間、軽く30センチは上に逃げてたから、
大した進歩だ。




土曜の夜に、こうして先輩とホテルに通うようになってもうすぐ1ヶ月。
明日からは夏休みだ。


先輩が俺と一緒にいたいと思ってくれているのは本当に嬉しいし、
俺も先輩とずっと一緒にいたい。
でも、それで先輩が思う存分勉強できなくなるのも嫌だ。
だって結局それは先輩を苦しめることになる。

だから毎週土曜の夜、先輩の勉強が終わった後に終電に乗って学校から少し離れたホテルに行く。
一晩一緒に過ごして日曜の朝に寮に戻る。
これが俺と先輩の唯一のデート。
学校や学食でも会えるし、図書室で一緒に勉強することもあるから、じゅうぶんだ。

それでも最初は「ホテルに泊まるなんて!」と先輩は拒否していたが、
公園で俺に押し倒されそうになって懲りたらしい。
今では素直にホテルに入ってくれる。



「はぁ」

俺が果てて先輩の上に倒れ込むと、先輩は怪訝な顔をした。

「・・・そんな、『もう終わり?』って顔、しないでくださいよ」
「し、してないわよ!」
「してますよ。すごく物足りなさそうです」
「そ、そ、そんなこと・・・!」

俺は先輩の中で余韻を味わってから、
一度身体を離した。

「心配しないでください。まだ終わりませんから」
「・・・」
「明日から1ヶ月はできませんからね。今日はじっくりしたいんです。
でもとにかく一回しないと、落ち着かないし・・・」
「!!!」

先輩が慌てて布団を頭までかぶった。

「〜〜〜〜〜」
「え?なんですか?」

布団の中から、くぐもった声がする。

「・・・湊君って、もっと優しいと思ってたのに、結構意地悪よね・・・」
「全然意地悪じゃないですよ。正直なだけです」
「・・・正直にも程があるわよ」

言ってる意味がわからない。
ま、いーや。

俺は布団の中に潜り込んだ。


 



「あーあ。本当に明日から会えませんね・・・」
「仕方ないじゃない」

全力で落胆している俺を見て、先輩が苦笑した。

期末テストも終わったし、明日から夏休み・・・ということで、
今日はいつもより遅くホテルを出て、昼飯を食って帰ることにした。
先輩と外食なんて、本当に久しぶりだ。
ハンバーガーですらご馳走に思える。

「誰ですか、長期休暇は寮を閉めるって決めたの」
「生徒会でしょ。校則はないんだから」

・・・そうだった。
これも生徒が自分達で決めたことだった。

って、俺は決めてないぞ。
決めた奴、出てこい。

「それに、家に帰るからって、会えなくなるわけじゃないでしょ?
こんなふうに、外で普通に会えばいいじゃない」

俺はコーラをズズズっとわざと音を立てて飲んだ。

「先輩。日本は東京だけじゃないんです。1都1道2府43県で構成されているんです」
「?」
「俺、東京の出身じゃないんですよ」
「え!?そうなの!?」

海光は東京にあるから、先輩みたいに東京出身の生徒は、
「海光には日本全国から受験希望者が集まる」という事実を知っていながら、どことなく、
「海光の生徒はみんな、東京出身者」という錯覚をしている。

実際、東京出身者が多いから無理ないかもしれないけど。

「湊君のお家ってどこにあるの?」
「愛知です」
「愛知・・・名古屋か。遠いね」
「名古屋じゃありません、愛知です」

キッパリと訂正する。
先輩と言えども、ここは譲れない。
愛知には名古屋以外の町も存在するんだゾ。
神奈川に横浜以外の町があるのと同じだ。

「だから、夏休み中は会えないんです」
「そう・・・仕方ないね」
「・・・はい」

そう。仕方ないのだ。
だから、寂しい。

先輩は、黙ってウーロン茶を一口飲んだ。

「・・・ね」
「え?」
「湊君が帰ってくるの、待ってるね」
「・・・」


もう一度、ホテルに行こうかな。

 
 
 
  
 
 
 
 
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