第2部 第9話
 
 
 
海光は生徒数が少ないとは言え、中学1年から高校3年までの約300人が、
大きな荷物を手に校門へと向かう光景は壮観だ。

そしてその表情は全て「夏休みだ!」と喜びに溢れている。

俺も去年まではそうだった。
でも今年は違う。

俺は寮の入り口でノロノロと靴を履きながら、校門の方へ目をやった。
そこには、愛しの先輩の後姿が。

はあ・・・しばらく会えないのかと思うと、今から気が重い。

それにしても、先輩。
ちょっと身体つきが変わったな・・・
全体的にメリハリがついたし、足も前はただ細い棒って感じだったのに、
今ではすっかり「女の足」になってる。

俺の努力の賜物だ。

でも、先輩、まだ本当にイッたことはないんだよな。
気持ち良さそうにはしてるけど。
昨日だって・・・


「湊さん」
「うっわ!なんだよ、月島!いきなり出てくるな!」
「邪魔です。さっさと靴はいて、そこどいてください」
「・・・」

俺がムスッとして寮の玄関の端に寄ると、
月島は素早く靴を履き、今まで俺に見せたことのない爽やかな笑顔で、
「それじゃ、よい夏休みを」と言った。

なんだ。
生意気な奴だけど、やっぱりまだ12歳なんだな。
夏休みで親元に帰れるのが嬉しいんだろう。
まだまだ親に甘えたい年頃だもんな・・・

と、思っていたら。

「これから1ヶ月、湊さんのお守りをしなくていいのかと思うと、ほんっっっっとに清々します!」
「・・・」
「あ、そうだ。湊さん、今から愛知に帰るんですよね?田舎は遠いから、
旅のお供にこのルービックキューブを貸してあげます」
「・・・」
「湊さんには全面完成は難しいだろうけど、
せめて3面くらいはできるようになって帰ってきてくださいね」
「・・・」
「それじゃ」

さらっと全愛知県民を敵に回した東京都民の月島は、
俺にルービックキューブを手渡すとさっさと寮を出て行ってしまった。

しかも、こともあろうに校門のところで先輩に声をかえてやがる。


小倉先輩、今から帰りですか?
うん。月島君も?
はい。先輩も都内ですよね?一緒に帰りましょう。愛知県民はほっといて。
そうね。


とか、言ってるんだろう(含、被害妄想)。

ふん。
勝手にしやがれ。
俺は先輩とは電車が違うんだよ。
東京駅に行くんだよ。
新幹線で田舎に帰らなきゃいけないからな。

だいたい、なんだよ月島の奴。
いつの間にやらすっかり先輩と仲良くなってさ。
初対面からいい雰囲気だったもんな。
そのせいでイライラして、バレーの試合中、先輩のこと無視しちゃったし。
あーあ、紹介なんかしなきゃよかった。


未練タラタラで先輩の後姿を見ていると、
校門を出たところで先輩がチラッと俺に振り返った。
そして小さく手を振ると、
またパッと背を向け、歩いて行った。


・・・ま、いっか。
へへへ。


「湊君」
「うっわ!春美さん!ビックリさせないでくださいよ!」
「う、うん?ごめんね?」

いきなり男子寮の入り口から春美さんが顔を覗かせ、俺は飛び上がるほど驚いた。
あ。今の緩みきった表情、見られてなかったかな?

「何ヘラヘラしてたの?」
「・・・いえ。春美さんも今から帰るんですか?」
「うん。亜希子さんが、湊君は新幹線で愛知に帰る、って言ってたから、
東京駅まで一緒に行こうと思って」
「東京駅までなんて言わず、静岡駅まで一緒に行きましょうよ」
「湊君、私の出身地知ってるの?」
「春美さんのことなら、なんでも知ってますよ」

俺が冗談めかしてそう言うと(事実だけど)、
春美さんはいかにも可愛らしく伏せ目がちに言った。

「どうしてそういうこと、平気で言うかな。私まだ、湊君のこと好きなのに」

えっ

「毎週土曜の夜、私がどんな気持ちで1人で寮で過ごしてると思ってるの?」
「・・・」
「朝帰りの亜希子さんを見るたび、涙が出るのを堪えてるのに・・・」
「・・・」

ちなみに。何度も言うがここは男子寮の入り口。
いるのは俺と春美さんの2人、というわけではない。

全男子生徒の冷たい視線が俺に突き刺さる。
月島がいないのが、せめてもの救いだ。

「は、春美さ、」
「悪いと思う?思うんだったら東京駅でお菓子買ってね」
「・・・」
「私、一度東京土産のお菓子って食べてみたかったの!いつも、買っても誰かにあげちゃうし。
ねえ、東京バナナって買っても食べたことなくない?
あ、でも、東京イチゴはイマイチって聞いたことがあるなあ」
「・・・」
「そうだ、帰ってくるとき、愛知のお土産よろしくね。名古屋と言えば、外郎ういろうよね!
あ、味噌トンカツもいいなあ。お土産じゃ無理?じゃあ、なごやんっていうお菓子買ってきてね」
「・・・」
「なごやん、って変な名前よねー。他には・・・あ、天むすとか!」
「・・・」

俺は「他にはー」とあれこれ言い出す春美さんの腕を引き、
一目散に駅に向かって走り出した。





「東京バナナって美味しいものなのね」
「・・・本当に買わせますか、普通・・・」
「バイト代、あるでしょ?あ、でも、ホテル代に消えちゃってるか。ホ・テ・ル代に」
「・・・」
「文句、ある?」
「ありません」

新幹線の自由席に並んで座り、
俺と春美さんは東京バナナにかぶりついた。

おお。本当にうまいゾ。

「春美さんも、土曜の夜は彼氏の家にお泊まりなんじゃないですか?」
「どうしてそんなこと知ってるの?」
「噂で聞きました」

なんと言っても天下の坂上春美だ。
そういう情報はいくらでも入ってくる。

「前はそうだったけど。もう別れたから、今は土曜の夜も寮にいるわ」
「別れたんですか?」
「誰のせいだと思ってるの?」
「あれ。俺ですか?」
「そうよ」

やぶ蛇だったようだ。
春美さんがプーっと膨れる。

「全く、デリカシーがないんだから」
「・・・お互い様ですけどね」

さっきどれだけ肝を冷やしたと思ってるんだ。

すると、春美さんの目がキラリと光った。
この目は・・・嫌な予感。

「ねえ、お詫びに、」
「なんですか。またお菓子ですか。チュッパチャプスくらいで勘弁してください。
ホテル代で金ないんだから」
「・・・。湊君の片思い、聞かせて」
「は?」
「どうして私のこと、好きになったの?どうして好きじゃなくなったの?」
「さーて、ルービックキューブの特訓しなきゃ」
「さーて、亜希子さんに『湊君がホテルに誘ってくるんですけど』ってメールしなきゃ」


俺はすかさず春美さんの手から携帯を奪い取った・・・
 
 
 
  
 
 
 
 
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