第1部 第2話
 
 
 
「・・・凄い!」

春美ちゃんが私の隣で呟いた。
私も、そして多分ここにいる全員も同じ感想だ。

その何百もの視線は今、舞台から下りてくるたった一人の生徒に向けられていた。

「あの子・・・
月島つきしま君でしたっけ?本当に中学1年生?
こないだまで小6だったなんて信じられない!」
「本当ね。大したモンだわ」

私もお世辞ではなく心からそう言った。

今、新入生代表で新中学1年生の月島君という子が挨拶をしたんだけど、
その堂々たる風格と、挨拶の内容たるや、素晴らしかった。
加えて容姿端麗。

講堂中からため息が漏れた。

「あんな子と同じ教室で机を並べる同級生は、大変でしょうね」
「でも、全体のレベルが上がっていいんじゃない?」
「それもそうですね。あ、亜希子さんも5年前、新入生代表で挨拶したんですよね?」

私は少し赤面した。

「うん。でもあんな立派な挨拶じゃなかったわよ」

確かに私もトップで入学し、新入生代表として挨拶をした。
でも緊張のあまり頭は真っ白で、
挨拶の内容を書いた紙を用意していたのに、それをちゃんと読めたのかさえ覚えていない。
今となっては抹消したい過去だ。

「はあ、やっと終わりますねー。後は・・・新高校1年生の入学許可書受領、かあ」

春美ちゃんがそう言った時、舞台近くが急に騒がしくなった。
私と春美ちゃんも顔を見合わせてから、少し首を伸ばしてみる。

すると・・・1人の男子生徒が、舞台への階段をゆっくり上っているのが見えた。


春美ちゃんが言っていた「新高校1年生の入学許可書受領」というのは、
新高校1年生に、「海光学園高等部への入学を許可する」といった旨の証書を渡す儀式だ。
これは本当にただの「儀式」。

全員エスカレーター式で高校に入学するのだから、
新高校1年生はさっきの新中学1年生のような決意表明的な挨拶はない。
代わりに高等部への進級テストでトップだった生徒が、全員分の入学許可書を受け取る。
私も2年前これをやったけど、ただ受け取るだけなので楽なもんだ。

どうやら、今舞台に立っているのが今年その「進級テストでトップだった生徒」らしい。

・・・って、ちょっと待って。
アレ?
アレがトップ?
てゆーか、本当に海光の生徒なの?


みんながざわめくのも無理はない。

その男子生徒は、明るい茶髪だった。
髪を染めている生徒は他にもいるけど、あんなに派手な色は珍しい、というか、初めて見る。
そして何より、右耳に大きな青いピアスが光っている。
顔自体は女の子みたいに可愛らしくて、背も170もなさそうな小柄なタイプだけど、
茶髪とピアスのせいで、妙に怖く感じる。

世間では、ありふれたごく普通の高校生、なんだろうけど・・・

「あれが噂の
柵木湊ませぎみなと、かあ」
「春美ちゃん、知ってるの?」
「亜希子さん、知らないんですか?中等部時代から有名だったんですよ?」

知らない。

「ピアスの柵木、って。でも、成績はずば抜けて優秀なんですって」
「へえー」

私はマジマジと「ピアスの柵木」を観察した。

この海光であんな格好してるくらいだから、
よほど自分に自信があるのか、
よほど馬鹿なのか。

海光で成績が優秀ってことは、企業家向きってことだけど、
それと「馬鹿」っていうのは、またちょっと違う。


さっき校長先生が言っていた通り、海光には校則らしい校則は何一つない。
制服はあるけど、着なきゃいけないって校則も、着こなしを指示する校則もない。
全寮制だけど、門限や規則も何もない。

全ては生徒の自主性に任されている。

だから生徒は、
何をどこまでやってよいか、何をしちゃいけないのか、何をしなくてはいけないのかを、
自分達の力だけで考えなくてはいけない。

間違った判断をすれば、容赦なく退学させられる。
実際、私の学年の生徒は全部で46人。
入学したときは50人いたけど、4人はこの5年の間に退学させられた。

退学の理由は公表されていない。
それも、残された生徒が自分で考え、今後に役立てなくてはいけないのだ。

これは、どんなに校則の多い学校よりも厳しいと思う。


それなのに。
なんなんだ、あの柵木湊という男子は。

「あんな格好してるのに退学にならないんじゃあ、他の生徒も『ここまではやっていいんだ』って、
真似しちゃうじゃない」
「それが、そうでもないんですよ」
「え?」
「ああいう格好は、誰がやっても許されるのか、柵木君ほど優秀だから許されるのか、
みんな判断できないんです」
「・・・」
「並の生徒がやったら、即退学かもしれませんからね」

なるほど。
そういう心理作用が生徒達の間に働いていれば、
柵木湊は「海光の風紀・評判を損ねている」とは言えない。
つまり、柵木湊は退学にならない、という訳か。


柵木湊が何食わぬ顔して入学許可書を受け取り、舞台から下りてくる。
さっきの月島君の時とは違うため息が、講堂全体から漏れた。

私は、そんな柵木湊を睨んだ。

なんか、癪に障る。
なんか、ムカつく。
どれだけ優秀なのか知らないけど、馬鹿は馬鹿。
いつか痛い目にあうんだから!
 
 
  
 
 
 
 
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