第3部 第11話
 
 
 
「Just a moment. 」
「Sure.」

英語で言われたので英語で返したものの。

一体自分が何を待たされているのかわからないまま、既に3分経過。
春美ちゃんは机の引き出しをガサゴソしていて振り向く気配はない。

更に2分がたった頃。


パーンッ!!!


「Congratulations! 」

春美ちゃんが振り向きざまにクラッカーを鳴らしながら叫んだ。

「あ、ありがとう」

余りに驚いて、思わず日本語に戻る。

「もしかして、それを言うためにクラッカーを探してくれてたの?」
「いえ。クラッカーはすぐに見つかったんですけど、『おめでとう』って英語でなんて言うんだっけ、
ってずっと考えてたんです」
「・・・机の前で?」
「はい」

大丈夫か、坂上春美。

「とにかく!よかったですー!これで私、部屋で1人ぼっちになることはありませんね!」
「それを喜ぶのね?でも、春美ちゃんらしいかも」
「それに!亜希子さん、卒業できますね!」
「うん。あ、でも3学期はもう実家に帰るから寮にいないわよ?」
「あ・・・そうですね。でも、後3ヶ月はいますよね?」
「うん」

春美ちゃんは満面の笑みで「よかった!」と胸をなでおろした。

「じゃ、早速お祝いのパーティをしましょう」
「またお菓子パーティ?」
「いえ、グレープフルーツパーティです。いい加減食べないとヤバイと思いますよ」

ごもっともだ。
他の部屋にもおすそ分けしたけど、まだだいぶ残ってる。

という訳で、私と春美ちゃんは寮の部屋でグレープフルーツパーティを始めた。
・・・って、パーティって言うほど食べられないけど。

「私、これを機にグレープフルーツダイエット、始めようかな」
「なるほどね。でも湊君が、春美ちゃんは痩せる必要ないって言ってたけど」
「湊君の言うことは、信用できません」

きっぱりと言い切る春美ちゃん。
言い切ったついでに、果物ナイフと小さなまな板を取り出し、
ローテーブルの上でグレープフルーツも切ってくれた。

「それにしても、あの校則にそんな意味があったんですね」
「意味があった、ていうか、意味がなかったんだけどね」
「あ。そっか」
「春美ちゃん。だからって遊びまくっちゃダメよ?他の生徒は心配ないけど、
春美ちゃんだけは心配」
「亜希子さん、ひどーい」

相変わらず可愛らしく頬を膨らませる春美ちゃん。
でも、「湊君だけには負けたくない!」と最近勉強を凄く頑張っている。
どうやら春美ちゃんは、振ったことはあっても、
振られたことはないようだ。

よほどプライドを傷つけられたらしい。

そうだ、勉強と言えば・・・

「亜希子さん。卒業できるんだったら、大学受験したらどうですか?」
「うん・・・」

そうなのだ。
高校を卒業できるということは、大学受験の資格があるということ。

留学はやめたけど、せっかくだから日本の大学受験はしてみようか。
高卒より大卒の方が、就職に有利なんじゃないだろうか。

西園校長と話した後、私の頭に真っ先に浮かんだのはそれだった。

でも・・・

「受験しないわ」
「え?どうしてですか?もったいない!亜希子さんなら、受験勉強しなくても、
どこだって受かりますよ!」
「それは大袈裟よ。受験するならやっぱりある程度は勉強しなきゃ。
でも、一度私の中で受験の可能性を消したから、なんか今から勉強を頑張ろうって思えない」
「うわ・・・小倉亜希子の言葉とは思えませんね」

そう?

「それに高校さえ卒業しておけば、大学受験は何歳になってもできるからね。
大学に行きたくなったら、また勉強して受験するわ。勉強は苦にならないし」
「・・・やっぱり小倉亜希子は小倉亜希子ですね」

でしょ?

だけど、大学受験をしない理由は他にもある。
1つは、合格したとしても、出産と子育てがあるから、
すぐに大学には通えず1年くらいは休学しないといけないということ。
もう1つは、ただでさえ出産費用と養育費用を親に借りるのに、
その上大学の費用まで出してもらうのは申し訳ないということ。

私が大学に行きたいと言えば、親は喜んでお金を出してくれるだろうけど、
今の私じゃそれに報いるくらい、大学で充分勉強できない。
バイトをする時間も減ってしまう。

しばらくは出産・子育て・バイトに専念したい。


春美ちゃんがグレープフルーツに何かを振りかけながらため息をついた。

「真面目ですね、亜希子さん。もっと親に甘えればいいのに」
「充分甘えてるわよ。これ以上は甘えたくないの。
って、春美ちゃん、何かけてるの?」
「お砂糖です。美味しいんですよ?グレープフルーツとお砂糖って」

・・・ダイエットは?




それから私と春美ちゃんは例によって夜遅くまでグレープフルーツパーティをした。
(途中からお菓子も投入されたけど)
そして、夜もふけてきた午前0時。
そろそろ寝ようかという時に、春美ちゃんが「あっ」と言った。

「忘れてた!」
「え?何を?」
「湊君ですよ!」
「?」

春美ちゃんは目を輝かせて叫んだ。

「実質、校則はないんですよね?だから亜希子さんも退学しなくていいんですよね?
だったら、湊君も同じじゃないですか!」
「・・・あ」
「正直に湊君が子供の父親だって言っても、それがみんなにバレても、
湊君は退学する必要ないんですよ!だったら、湊君と寄りを戻したらいいじゃないですか!」
「そうか・・・そうだよね」
「そうですよ!」

自分のことで精一杯で、そんなこと思いつかなかった。
でも、そうだ。
湊君も退学になることはない。

「・・・どうしよう」
「ちゃんと湊君と話した方がいいですよ!」
「でも、せっかくあんなに頑張って別れたのに」
「亜希子さーん」
「ふふ、そうね、ありがとう。考えとくわ」

私はそう言って、ベッドに潜り込んだ。


湊君に、
この子はあなたの子供ですって、
父親になってくださいって、
正直に言う?

湊君は、どんな反応をするだろう。

迷惑かな?
それでも無理して「父親」になろうとするかな?

でも・・・もしも湊君が本当に喜んで「父親になる」と言ってくれたら?

そうすれば、母子手帳の「父の名前」の欄が埋められる。
一緒に子供に必要な物を選んだり、
一緒に病院へ診察に行ったりできる。
産む時だって、立ち会ってもらえる。

何より、この子に「父親がいない」という思いをさせなくてすむ。

何度それを夢見たことか。
それが叶えられるなら・・・


私はかすかな希望を胸に、眠りについた。


だけど、タイミングが合わない時は合わないもので。

翌日、あるニュースが学校中を駆け巡った。
 
 
  
 
 
 
 
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