第3部 第12話
 
 
 
「小倉先輩!」

学食の前で名前を呼ばれ、振り返ると、
月島君が私を追い駆けてきていた。

「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもありませんよ!」

かなりご立腹の様子。
さては・・・

「湊さん、暇さえあれば僕の部屋に来て、ゴロゴロしてるんです!全然勉強できません!
何とかしてください!!」

やっぱり。

「自分の部屋ですればいいのにねえ?」
「ほんと、そうですよ!なんか、同室の先輩がしょっちゅう友達とゲームしてるらしくって、
僕の部屋に来るんです」
「月島君のルームメイトは?」
「こっちもしょっちゅうデートで外出してるんです」
「そっかあ。それじゃあ湊君、月島君の部屋に入り浸るよね」
「いい迷惑ですよ、全く」

呆れ顔の月島君。

「彼女の夢を応援できないなんて、振られて当然です」
「・・・」

どうやら湊君は、私の妊娠のことは話していないらしい。

そうだよね。
湊君の子じゃない以上(信じてないだろうけど)、
湊君が、私が妊娠していることをペラペラ人に話すの、おかしいもんね。


そう思った時、学食の入り口に人だかりができているのが見えた。
どうやらみんな、掲示板を見ているらしい。

私と月島君は顔を見合わせた。

掲示板には主に、部活の紹介や何かの発表会・講演会の案内なんかが掲示されている。
それらは全て、生徒会の承認を得て掲示される。
つまり生徒会をしている私も月島君も、掲示板を見なくても掲示物は全て把握しているのだ。

あんなにみんなが注目するような掲示物、あったかな?

「あ!もしかして」

月島君が眉を寄せた。

「誰かが無断で何か貼ったのかもしれませんね」
「ああ、そうね。困るわね」
「きっとアレだ」
「え?」
「教師と生徒の熱愛現場の写真」
「・・・あのね」
「僕、ちょっと見てきます」

月島君は私を置いて足早に掲示板の前へ向かった。

教師と生徒のそんな写真なんて、まさかドラマじゃあるまいし。
でも、あの人だかりはただことじゃない。

私も掲示板の近くまで行ってみたけど、よく見えない。

すると、ようやく月島君が人を掻き分けて戻ってきた。

「小倉先輩!来てください!」
「え?何!」
「早く、早く!」

月島君は私の右手を引くと、再び人混みの中に戻ろうとする。
私は左手でお腹をかばいながら、人の中をくぐるようにして掲示板のまん前まで行った。

「あれ、見てください!」
「え?」

月島君が指差す先には、見慣れない紙が貼られている。
やはり、生徒会で承認していない紙だ。

でも、それもそのはず。
その紙は生徒が貼った物ではなく、学校側が貼った物だった。
学校側の貼紙は、生徒会の承認なしに教師が勝手に貼る事ができるけど、
生徒の自主性が重んじられている海光では、学校側からの貼紙自体珍しい。

学校運営に関する連絡とか、
生徒じゃどうしても決められないような事項の連絡くらいだ。

なんだろう?

眼鏡を直してよく見てみると、
紙の一番上に大きく「交換留学制度設立について」とある。

ああ・・・そう言えば、何年か前から、
海外の高校との交換留学制度を作ろうとしているって噂はあった。

どうやらそれが実現するらしい。

紙に書かれた内容を、かいつまんで説明すると・・・

来年の4月より、交換留学制度を実施する。
交換相手はアメリカの私立高校。
対象者は、新高等部1年生の成績トップと新高等部2年生の成績トップ、
それぞれ1名。
ただし、対象者が辞退した場合は、次点の者にその権利が移る。
更に、新高等部3年生からも1名、留学希望者を募る。
希望者多数の場合は、希望者の中で成績トップの者にその権利を与える。
留学期間は1年か2年のどちらかを選択できる。
ただし、新高等部3年の留学者は卒業しなくてはいけないので1年のみ。

とのこと。

私は月島君を見た。

「すごい。ついに実現するんだね」
「みたいですね」
「月島君もこのまま行けば、2年後には対象者ね」
「そうですね。でも今はあんまり興味ないな。
そんなことより!大事なのは隣の紙です!見てください!!」
「え?」

「交換留学制度設立について」という紙の隣に、
もう一枚、学校側からの貼紙があった。

そこには「来年度の対象者」という文字が。

そして、その下に大きく、


新高等部2年 柵木湊


と書かれてあった。






「湊さんて、結構頭いいんですね」

月島君が牛丼を食べながら、感心したように言った。

「知らなかった?春美ちゃんの目に留まろうと思って、勉強頑張ってたんだって」
「え?湊さん、坂上先輩のこと好きだったんですか?」
「うん。で、春美ちゃんも湊君のことを好きになったんだけど・・・」

私が口ごもると、月島君はニヤッと笑った。

「小倉先輩が奪っちゃったんですね」
「語弊はあるけど、まあそんな感じ」
「やりますね、小倉先輩」

心なしか、月島君はワクワクしているようだ。

「とにかく!よかったですね。これで二人揃ってアメリカに行けるじゃないですか。
寄りを戻したらどうですか?」
「・・・」
「あ、でもアメリカって一口で言っても広いですからね。東と西じゃ、全然会えませんよね・・・」
「・・・」
「だけど、日本とアメリカよりましですよね!」

月島君が喜んでいるのは、もう湊君に部屋に入り浸られないからじゃないだろう。
純粋に、湊君と私のことを喜んでくれているんだ。

「・・・ごめんね」
「え?何がですか?」
「私、もうアメリカには行かないんだ」
「・・・え?」

月島君が箸を止める。

「え?行かない?・・・じゃあ、どうして別れたんですか?」
「うん・・・」
「・・・あ。そうですよね!湊さん、子供ですもんね!湊さんなんかに小倉先輩はもったいないですよ。
振って正解です」

何か事情があると察したのか、月島君は私を励ますように言った。
まだ中1の月島君に、こんなに気を使わせてしまうなんて。

そう。月島君はまだ中1だ。
本当のことを言っていいのだろうか。
でも、月島君なら・・・

「違うの。私、妊娠したの。産もうと思ってる。だから、アメリカには行かないの」
「・・・」

月島君はしばらく固まった後、笑い出した。

「何言ってるんですか。変な冗談言わないで下さいよ」
「・・・」
「・・・え、じゃあ、本当なんですか?」
「うん・・・ごめんね」

どうして月島君に謝ってるんだろう。
でも、なんだか月島君の中の「小倉亜希子」のイメージを壊してしまったようで、申し訳ない。

私が黙って俯いていると、月島君は小さな声で訊ねた。

「湊さんの子供ですか?」
「ううん、違う。だから湊君とは別れたの」
「・・・」

あの貼紙を見ていなかったら、正直に湊君の子だと言っていたかもしれない。
でも、もうこのままこの子は湊君の子じゃないことにしよう。

きっと湊君はアメリカに行く。

もう、何も言わない方がいい。


月島君は、ジッと睨むように私を見た。
 
 
 
  
 
 
 
 
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