第3部 第14話
 
 
 
クラスメイトから逃げるように寮に戻ると、
寮の入り口に卓巳が立っていた。

私を見つけた時の表情からして、私を待ってたんだろう。

嫌だな・・・
今は誰にも会いたくないのに。
何を言われるかは分かっているから。

「亜希子」

案の定、卓巳は立ち止まった私に向かって歩いてきた。

「話があるんだけど」
「ごめん、卓巳。今日はちょっと、」
「なんだよ、体調でも悪いのか?つわり?」

明らかにトゲのあるその言い方に、思わず顔をしかめた。

「・・・そうよ。だから早く部屋で寝たいの。じゃあね」

卓巳が、横をすり抜けようとした私の腕を、掴んだ。
その力は思いのほか強くて、思わず「あっ」と声を上げてしまう。

「すぐ済むから。ちょっとだけ付き合えよ」
「・・・」

何だろう。
なんか卓巳が怖い。

私が留学も受験もやめたことを怒ってるのかな。
今まで5年以上、ずっと一緒に勉強頑張ってきたもんね。
受験くらいしろ、とでも言いたいのかな。

卓巳の怒りが理解できないでもないので、
私は仕方なく素直に卓巳について行った。



卓巳は私を講堂の中へ連れて行った。
講堂は入学式や卒業式、始業式や終業式、月曜の朝礼といった時にしか使われない。
だから今日も中には誰もいないし、当然鍵もかかっている。
だけど卓巳は、ブレザーのポケットから鍵を取り出し、講堂を開け、
中に入るとまた鍵をかけた。

外はまだ明るい時間だけど、石造りの講堂の中は暗く、ひんやりとしている。
高い位置にある大きな窓から入って来る帯状の太陽の光が唯一の明かりだ。
それに照らされたホコリが雪のようにキラキラと舞っている。

「どうして講堂の鍵なんか持ってるの?」
「ここの鍵、生徒会室に置いていあるから勝手に取って来た」
「・・・ちょっと、それ、規則違反よ」

私が卓巳を睨むと、卓巳は嘲るようにして笑った。

「規則違反?生徒会が作った規則だろ。お前、生徒会やってるんだから、
もしバレたらなんとかして助けてくれよな」
「・・・」
「それに違反っていうなら、妊娠なんかした亜希子の方がよっぽど違反だ」
「・・・そんなこと言うために、ここまで連れてきたの?もういい?帰りたいんだけど」

私が講堂の扉に手を伸ばすと、
卓巳がその手をねじり上げた。

「っつ・・痛い!離して!」
「湊の子供か?」
「違う!」
「じゃあ、誰のだ?」
「卓巳には関係ないでしょ!?離して!!」

必死に逃れようとしたけど、身体の大きな卓巳には到底敵わない。

卓巳、何を考えてるんだろう。
怒るにしても・・・なんかちょっと違う。
いつもの卓巳じゃない。

私は、だったら私が冷静にならないと、と思い、身体の力を抜いた。

「お願い、卓巳離して」
「・・・」
「私、確かに妊娠してるけど、湊君の子じゃないの。ここの生徒の子じゃない」
「・・・」
「留学と受験をやめたこと、後悔してないわ。私、この子を産みたいから産むの」

卓巳の目が更に険しくなる。

「そんなことで、夢を諦めるのかよ!?」
「諦めるんじゃない。新しい夢ができただけ」
「!!!」

突然卓巳が口をつぐんだ。
そして険しかった目の中に、それまでとは違う「何か」が浮かんだ。

私、この目を知ってる。
見たことがある。
見たことがあるも何も・・・

この目は、湊君と同じ目だ。
ホテルのベッドの上で、私を見下ろす時の湊君の目と。

湊君は必ずいつも、その直前に私の目を見た。
湊君の表情は、穏やかだったり真剣だったり切なげだったりと、様々だけど、
目だけはいつも同じだった。

これから女を抱くんだ、という覚悟したような目。

男の目というよりむしろ、おすの目に近いそれを、
私は嫌いじゃなかった。

いつもは可愛らしくて子供っぽい湊君が、あの時にだけ見せる力強い目は、
私を安心させた。
安心して、湊君に身を預けることができた。

でもそれは、湊君だからだ。
他の人がそんな目を私に向けたら、私は怯えるだけだろう。

そして今、私の前にいる卓巳がその目をしている。

・・・でも、なんで?


その答えは分からないけど、
私は卓巳の目が怖くて、足を後ろに引いた。
でも、腕を掴まれてるから身体はほんの少し動いただけで、
すぐにまた卓巳に引き戻される。


怖い・・・


その時、私の両足がふわっと宙に浮いた。
卓巳の足が、私の足を払ったのだ。

あっという間もなく、私は地面にしりもちをついた。


赤ちゃんが!


卓巳が腕を握っていたから、ドサッと落ちた訳ではないけど、
思わず空いている方の手をお腹にあてる。

大丈夫だよね?
そんなに衝撃なかったよね?
でも、赤ちゃんに何かあったらどうしよう!?

私が赤ちゃんに気を取られているうちに、
卓巳が私の上に覆いかぶさってくる。
それでもまだ、私は自分の状況に気付かず、
お腹の心配をしていた。

私が我に返ったのは、
卓巳がキスしてきた時だった。


「何するのよ!」

卓巳から顔を離し、身体を押し退けようとしたけど、もう遅い。
卓巳はしっかりと私の両手両足を押さえ込んでて、
身じろぎ1つできなかった。

卓巳が私の眼鏡を外した。

視界がぼやける。

ああ・・・湊君もいつも同じことをしていた。
同じ目で、同じことを。

卓巳は怯える私を見下ろし、
苦しげに、そして、全身からしぼり出したような声で言った。

「好きだ」
「――― は?」
「俺、亜希子のこと好きだ」
 
 
 
  
 
 
 
 
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