第3部 第15話
 
 
 
好き?

卓巳が私を?

これが教室なら、
普通にいつも通りただ向かい合って言われたのなら、
「何言ってるのよ」と笑ってしまっただろう。

でもこの状況が、卓巳の言葉が嘘ではないことを証明している。

「そ、そうなの・・・」

ふさわしくない返事だとは思うけど、
こうとしか言いようがない。

卓巳は苦しげな声のまま続けた。

「ずっと・・・好きだったんだ。でも亜希子は恋愛に興味なかったし・・・
だけど、それはそれでよかった。俺の物にはできないけど、誰の物にもならないから。
それに一緒に勉強して同じような将来夢見て・・・それで充分だったんだ」

卓巳が目を閉じて唾を飲む。

「それなのに、なんで急に湊と・・・
どう考えてもお前に似合わない男と付き合ったりするんだよ・・・」

最後の方は、私に言っているというより、独り言に近かった。
もしかしたら卓巳は、ずっとこんなことを自問自答していたのかもしれない。

「た、卓巳、あの、ごめんね?気付かなくて」
「・・・」

でも私は、湊君が好きなの、

そう言いたかったけど、言えなかった。
卓巳が怖くて、というより、申し訳なくて。

私の知ってる卓巳はいつも明るくて気さくな男の子だ。
こんな苦しそうに、悲しそうにしているのは見たことがない。

そうさせているのが自分なのかと思うと、なんだか申し訳ない。

だけど、私の心の声が聞こえたのか、
卓巳が、私が見たことの無いもう1人の卓巳に戻った。

目がまた、男の色に染まる。

「本当に湊のことが好きだったのか?興味本位じゃなくて?」
「・・・」

そうよ、本当に好きだった。
でも過去形じゃなくて、現在進行形だけど。

卓巳がまた敏感に私の目から気持ちを読み取る。

私は再び卓巳に唇を塞がれ、何も言えなくなった。
卓巳の手がブレザーの中に潜り込み、ブラウスの上を這う。

背中にゾクッとした嫌悪感のような物が走った。

ブラウスのボタンが幾つか外され、胸にじかに卓巳の指の感触がする。
それは、サワサワと私の胸をまさぐり、下着の中に入ってきた。

嫌・・・!

何、これ?
こんなに嫌なものなの!?

湊君に触れられる時は、恥ずかしさこそあれ、
嫌だと思ったことはない。
それが、湊君以外の人だと、例え仲の良い卓巳でも、
こんなに嫌だと思うなんて・・・

だけど、抵抗はしなかった。

怖くてできない、ということもある。
だけど心のどこかに、卓巳を信じる気持ちがまだある。

卓巳はこんなことをする人じゃない。
今はちょっと我を失っているだけだ。
それは私のせいでもある。

それに・・・

私は腹筋に力を入れた。
こうすれば少しでも、卓巳の体重からお腹を守れる気がするから。

「・・・なんで抵抗しないんだよ」

卓巳も私が無抵抗なことを不審に思ったのか、
訝しげに訊ねてきた。

「ごめんね、卓巳」
「・・・」
「好きにしていいから、乱暴にはしないで。赤ちゃんが・・・」
「!」

卓巳が弾かれたように私の上から飛び退いた。

「ご、ごめん!俺・・・!」

卓巳はヨロヨロと後ずさり、講堂の机にぶつかった。
私はホッとして床に座り、服を整える。

「ううん。大丈夫」
「本当に・・・ごめん、こんなことするつもりじゃ、」
「うん、わかってる」

私が立ち上がると同時に、
今度は卓巳が床にしゃがみこんだ。






「湊の子なんだろ?それ」
「・・・うん」

私と卓巳は、講堂の床に2人で並んで座っていた。
講堂は広くて静かで、
私たちの声は小さいのに、まるで講堂全体に広がるようだ。

それが秘密の話だと、余計にそう思える。

「湊にはなんて?」
「湊君の子じゃないって言ってある。信じてるかどうかわかんないけど」
「信じてるわけないだろ。他の女子生徒ならともかく、小倉亜希子だぞ」
「ふふふ、そうね」

卓巳は酔いが醒めたかのように、
すっかりいつもの卓巳に戻っていた。
私が「もう謝らないで」と言うと、
「じゃあもう絶対謝ってやらない」と変な意地を張りだすし。

卓巳は、ボソッと言った。

「あいつ、留学するってさ」
「そう」

だよね。
私みたいに自らアメリカの大学へ行こうという生徒はあまりいないけど、
交換留学でアメリカに行けるのなら、行きたいと思うのは当然だ。

「そう、って。いいのかよ?」
「うん。もう湊君とは別れたんだから、湊君がどこにいようと私には関係ない」
「・・・本当に1人で育てるつもりなんだな」
「うん」

すると突然、卓巳が笑い出した。

「変な女だなー、亜希子は」
「そうね。そんな私を好きっていう卓巳も相当変だと思うけど」
「湊ほど変じゃない」
「確かに」

私と卓巳は一緒に笑った。
春美ちゃん以外の人と、こうやって普通に話して普通に笑うなんて、
本当に久しぶりだ。

心が一気に軽くなる。

「ま、困ったことがあったら相談しろよ。金も甲斐性も無いけど、話くらいは聞けるから」
「うん。ありがとう」
「・・・そんなことないよ、とか言わないのか?」
「無いものは無いでしょ」

また卓巳が笑った。
私もつられて笑った。


母親が笑うとお腹の中の赤ちゃんも笑う、という話を聞いたことがある。
きっと今、私のお腹の中の赤ちゃんも笑っているのだろう。


これからもいっぱい笑おう。
赤ちゃんと一緒に。
  
 
 
 
 
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