第3部 第16話
 
 
 
『捨てられた子猫みたいな顔』

誰かが前、そんなこと言ってたな。

そうそう、月島君だ。
1学期に私と月島君が生徒会の用事で出掛ける時、
私が湊君に素っ気無くしたら、月島君が、
「湊さんが捨てられた子猫みたいな顔をしてた」って言ってたんだ。


・・・でも、言った当の本人が、今度は「捨てられた子猫みたいな顔」をして立っている。


「月島君?」
「小倉先輩!」

私が講堂から戻ってくると、
今度は月島君が寮の前で私を待っていた。

「小倉先輩!・・・あれ?眼鏡、どうしたんですか?」
「・・・ああ」

さっき、卓巳と揉み合ってる時に卓巳が踏んで壊してしまったのだ。
お陰で、かなり近づくまで月島君を認識できなかった。

「ちょっとね。転んじゃって壊しちゃった」
「!!転んだって!!妊婦なのに大丈夫なんですか!?」
「あー、うん、まあ、その、」
「映画みたいに、急に『お、お腹が!』とか言って倒れないで下さいよ!?」
「大丈夫、大丈夫」

私が苦笑いしながらそう言うと、月島君は突然また「捨てられた子猫」に戻った。

「・・・湊さんに呆れられました」
「へ?」
「前、小倉先輩にこんなこと言った、って言ったら・・・『お前、アホか』って」
「・・・」
「それだけ言って、部屋に入って行っちゃって・・・」

それで「捨てられた子猫」になってた訳ね。

月島君は、目を潤ませながら私を見た。
ちょっとオマセな月島君だけど、
こんなかっこいい顔で、こんな真剣に見つめられたら、
思わずこっちまでホロッとなる。

「小倉先輩、すみませんでした!」
「え?」
「湊さんにああ言われて、僕考えたんです。
そうですよね、小倉先輩がそんなだらしないことするわけ、ありませんよね」
「あー・・・」
「湊さんの子供なんですよね?でも、湊さんに迷惑かけたくないから、
湊さんの子じゃないなんて言ってるんですよね!?」
「うー・・・」
「湊さん、知ってるんですよね?なのに留学するだなんて・・・!酷いです!!」

いつの間にか月島君は怒り出し、
その矛先は湊君に向いているようだ。

「お、落ち着いて、月島君」
「落ち着いていられません!小倉先輩は留学を諦めたっていうのに!あ、もしかして、」
「な、何?」
「まさか日本の大学も受験しない、とか言いませんよね!?」
「えー・・・」
「先輩!!」
「んー・・・」

誰か助けてー、と思っていたら、
事態を好転させるか悪転させるか分からない爆弾娘・春美ちゃんがふらっと寮から出てきた。

「あれ?亜希子さんに月島君?何してるんですか?」
「春美ちゃーん・・」
「坂上先輩!何とか言って下さいよ!」
「亜希子さん、眼鏡どうしたんですか?」
「あー、ちょっと壊れちゃって」
「湊さんを叱ってやってください!」
「湊君が眼鏡を壊したんですか?」

もう何がなんだかよく分からなくなってきた。
そしてさすが春美ちゃん。
場の雰囲気もなんのその、新たな火種を巻いてきた。

「そうだ、亜希子さん!私、留学希望を出そうと思うんです」
「え?」
「ほら、新3年生からも1人、留学希望者を募るって書いてあったじゃないですか」
「書いてあったけど・・・」

「・・・」のところは敢えて省略したんだけど、
月島君は省略しなかった。

「でも新3年生は、希望者多数の場合はその中で成績が一番良い生徒が留学できるんですよね?
坂上先輩、無理じゃないですか?」

春美ちゃんが両手でグーを作って、
月島君のこめかみをグリグリした。

「い、痛いです、坂上先輩!」
「さすがは湊君の手下だけあるわね!」
「僕、湊さんの手下じゃないです!どちらかと言えば、湊さんが手下です!」
「それもそうね」

春美ちゃんは何故か納得してグリグリをやめた。

「今から2学期の中間テストと期末テスト、頑張るわよ!」
「えー?手遅れじゃないですか?」
「なんですって!?」

また春美ちゃんのグリグリ攻撃が始まりそうだったので、
私は慌てて仲裁に入った。

「大丈夫よ!高3は受験があるから、今更留学しようなんて生徒、あんまりいないと思うし!
春美ちゃんここのところ、頑張ってるし!」
「ですよね」

春美ちゃんが胸を張る。

「でも、坂上先輩」

月島君。
もう余計なこと言わないでよ?

「坂上先輩は受験どうするんですか?1年留学して、日本の大学受けるんですか?
それって大変だと思いますよ?」
「アメリカの大学を受けるつもり」
「え?そうなの?」

これには私が驚いた。

「はい!私が亜希子さんの夢を引き継いで、MBAを取ろうと思ってます!」

春美ちゃんがMBA?

私は、何か言いたげな月島君を目で制した。

「そ、そっか。頑張ってね」
「はい!」

月島君も、グリグリ攻撃で懲りたのか、
素直に「無理せず頑張ってください」と言った。

「そうだ。じゃあついでに、湊さんの面倒も見てあげてくださいね」
「湊君?」
「はい。留学するって決めたみたいです」

とたんに春美ちゃんの顔が歪む。

「えー?やっぱり私、アメリカ行くのやめようかなぁ」
「そんなこと言わず、湊さんに構ってあげてください。
じゃなきゃ湊さん、すぐにホームシックにかかっちゃいますよ」
「そうね。寂しくて死んじゃうかもね」

・・・うさぎじゃないんだから。

でもまあ、これはこの2人の湊君に対する愛情表現だ(多分)。
何だかんだ言って、2人とも湊君を好きらしい。

月島君は、私が湊君を傷つけたと言っては怒るし湊君に呆れられたと言っては落ち込むし。
春美ちゃんも、湊君を見つけてはちょっかいをかけているみたいだ。

湊君が留学したら、月島君は寂しいだろうな。

私は・・・

私は寂しくなんかない。
だって、湊君がアメリカに行く頃には子供が産まれる。

私は1人じゃない。

いつだって、今だって、子供と一緒だ。

さっき、子供と一緒にたくさん笑おうって決めたじゃない。
湊君にも、笑顔で「いってらっしゃい」って言わなくちゃ。
 
 
 
  
 
 
 
 
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