第3部 第18話

 
 
 
校門の前に辿り着いた時、私は思わずガッツポーズをしそうになった。

やった!
辿り着けた!!

家から学校までは、電車と徒歩でほんの小1時間の道のりだけど、
今の私にはエベレストを登頂したような気分だ。
また同じ道を戻らないといけないのかと思うと、今から気が重いけど、
取りあえずそれは忘れることにしよう。

お腹が大きくなり始めた頃は特に何も感じなかったけど、
予定日1週間前ともなると、一歩一歩足を進めるだけでも疲れるし、
階段なんて動悸・息切れなしではとても上がれない。

そうだよね。
お腹の中に3キロくらいのモノが入ってるんだから。

だけどとにかく、到着したんだ!

私は3ヶ月ぶりの学校へと足を踏み入れた。



講堂では既に卒業式が始まっていた。
入学式は1学期の始業式を兼ねてるけど、卒業式は単独だ。
何と言っても高校3年生にとっては、6年間過ごしてきた学び舎を去る日なのだから。
しかも勉強だけではなく、ここで生活をしてきたのだ。
感慨の深さは半端ではない。

私は講堂の外の目立たない場所に置いてあるベンチに腰掛け、
風に乗ってくる「仰げば尊し」に耳を澄ませた。

檜山先生は私に卒業式に出ろと言ってくれたけど、
もういつ生まれてもおかしくないので辞退することにした。
でも今日の朝、体調が良かったのでこうして卒業式を覗きに来たのだ。

まさか自分がこんな卒業式を迎えるなんて夢にも思わなかった。
私は去年まで同様、今年もトップで1年を終え、首席で卒業するはずだった。
それが、妊娠して、留学も受験もやめて、
講堂の外で1人こうして「仰げば尊し」を聞いている。

だけど、後悔は微塵も無い。
むしろ、自分の子と一緒に卒業式を迎えられるなんて、誇らしいくらいだ。


小春日和の中、青い空を見上げながらこの数ヶ月を振り返ってみた。

湊君と付き合っていたのは3ヶ月ほどだ。
それも1ヶ月は夏休みで会えなかったから、
一緒にいたのは実質2ヶ月だけ。

でも湊君と一緒にいた2ヶ月は、
私の今までの人生で一番濃密で幸せな時間だった。
そして私のこれからの人生は大きく変わった。

湊君と別れて7ヶ月近くが経ち、
湊君と一緒にいた時間の3倍以上の時間が流れたけど、
あの2ヶ月は私の中で色褪せることはない。

あの2ヶ月のお陰で今日まで頑張れたし、
これからも頑張っていける。

そしてこの7ヶ月の間、私は有り余る時間の中であることに気がついた。

それは、いかに湊君が私を愛していてくれたかということ。
湊君の愛はまさに「無償の愛」と呼ぶに相応しいものだった。

澱む所無く澄み切っていて、真っ直ぐな愛。
湊君が私にくれたのは、この子ではなく、愛そのものだった。

きっと湊君も同じような愛でご両親に育てられたのだろう。
そして私も。

そう気付いた時、私は「親になる覚悟」ができた。
それまでも、産むと決めた時点で「母親になる覚悟」をしたつもりだったけど、
そうじゃないんだ。
私はこの子にとって、母親でもあり父親でもある。
1人でこの子に、私や湊君が両親から貰ったような「無償の愛」を注がなくてはいけない。

それはきっと、気持ちだけでもお金だけでも時間だけでもダメなんだ。
お父さんが言っていたように、その全てを持って子供に接しなきゃいけない。
そして、それでもまだ足りないのかもしれない。

足りない物が何か。
私はそれを探しながら、親にならなくちゃいけないんだ。



そんなことを思っているうちに、卒業式が終わり、
講堂から生徒達が出てきた。
卒業生達はみんな受験も終わり、晴れやかな表情だ。

私は講堂の出入り口からは見えないところに座っているので、
誰も私には気付かないけど、心の中で「おめでとう」と呟く。

あ、でも私も卒業するんだ。
私にも「おめでとう」だ。

校長先生に感謝しないと。


その時、見慣れた人影が講堂から出てきた。

「・・・湊君?」

思わず口に出してしまったけど、もちろん距離が離れているから湊君の耳には届かない。

久しぶりに見る湊君は、なんだか少し大人っぽくなった気がする。
海外留学を控え、身も心も緊張しているのかもしれない。


先生の1人が湊君に声をかける。
「留学、頑張れよ」とでも言っているのだろうか。
湊君は「はい」と言って頷き・・・

何故だかふとこっちを見た。

湊君の目が大きくなる。

私はどうしていいか分からず、仕方なく手を小さく振った。
特に意味はない。
「こんにちは」というぐらいのつもりだ。


だけど湊君は、躊躇うことなく私の所へ歩いてきた。
 
 
 
  
 
 
 
 
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