第3部 第19話
 
 
 
「先輩」
「湊君・・・卒業式に出てたんだね」
「はい。高1の在校生代表で・・・俺、2年コースで留学するから、
自分の卒業式に出られるか分からないんで、先生が出とけって」
「そうなんだ」

湊君は少し迷ったようだけど、私の横に腰を下ろした。

「卒業式、出なかったんですか?」
「うん。ここにいた」
「そうですか・・・」
「うん・・・」

2人とも一番言いたいことを言い出せずに、沈黙する。

きっと湊君は、私の大きなお腹のことを色々聞きたいのだろう。
私も・・・

湊君の横顔をチラッと見た。
7ヶ月前より、その横顔の位置が少し高くなった気がする。
そして右耳には、相変わらず赤いピアスが光っていた。

「あの、先輩、」
「湊君、」

ずっと黙っていたくせに、話し出すタイミングはピッタリ同時で、
2人して困って笑ってしまった。

その時・・・

「小倉先輩!」

その声に湊君が「げっ」と顔をしかめる。

「月島君!月島君も在校生代表?」
「はい!お久しぶりです」

月島君は湊君とは違い、なんとなくではなく明らかに背が伸びている。
なんか、会う度に大きくなってる気がするなあ。

「お腹、大きくなりましたね」
「うん、もう来週産まれるの」
「来週?」

月島君が軽蔑したように湊君を睨んだ。

「湊さん、明日発つんですよね?自分の子供の顔も見ずに、行っちゃうんですか?」

つ、月島君!

「ほんと、薄情ですよねー。そうだ、僕が湊さんの代わりに、出産に立ち会ってあげますよ」
「月島!」
「なんですか、湊さん?湊さんは自分の子供と小倉先輩を置いてアメリカに行くんでしょ?
とやかく言われる筋合いはありません」
「・・・」

月島君の有無を言わせぬ言い方に、湊君が口ごもる。

「あ、先生が呼んでる。ちょっと行ってきますね」
「う、うん」

月島君が火のついた爆弾を撒き散らして先生の方へ走って行った。
春美ちゃんといい、月島君といい・・・全く。

湊君を見ると、湊君も困ったように笑っている。
でも、お陰でなんだかお互いの緊張が解けた。

「先輩、俺ちゃんと謝ってませんでした」
「何を?」
「子供のことです。・・・でも、謝る必要なさそうですね」
「うん。私がお礼を言いたいくらい。今、とっても幸せだから」

湊君は変わらず笑顔だけど、どことなく寂しそうに見える。
そしてそれに呼応するようにピアスが光った。

「・・・ピアス、まだ付けててくれてるのね」
「一生大切にするって言ったでしょ?有言実行です」
「ふふ、ありがとう」

不意に湊君が手を伸ばし、私のお腹にそっと触った。
それはまるで慈しむかのようで・・・
私は身じろぎもせず、お腹にあてられた湊君の手をじっと見つめた。

「もう1つ、有言実行します」
「え?」
「夏休みの終わりに、先輩と最後にホテルに行った時、
俺、先輩のためなら死ねるって本気で思ったんです」
「・・・」
「だから俺、アメリカで死ぬ気で頑張ります。そしていつか必ず先輩と子供を迎えに行きます」
「湊君・・・」

私の声が詰まるのを聞くと、
湊君は照れたように急に立ち上がった。

「先輩!眼鏡やめたんですね!」
「あ、うん。コンタクトにしてみたの」
「俺、眼鏡姿の先輩好きだったのになー。
眼鏡してない先輩なんて、味噌が入ってない味噌汁みたいですよー」
「あはは。私もピアスの無い湊君を見て『お揚げの入ってないお味噌汁みたい』って思った」
「揚げって。味噌汁のマストアイテムじゃないですか」
「どう考えても、お味噌の方がマストでしょ」

私が苦笑いすると、湊君は元気に言った。

「それじゃ、先輩。俺、いってきます!」
「うん。頑張ってね」
「はい、先輩も」

湊君は一瞬切なげに私を見たけど、それは本当に一瞬で、
すぐにいつもの太陽のような明るい笑顔になり、
パッと走って行った。

その後姿はあっという間に小さくなり、他の生徒に紛れて見えなくなる。


・・・これで本当に湊君とお別れなんだ。


湊君が行ってしまった方向を見ていると、涙が溢れた。
けど。

「小倉せんぱーい」
「月島君・・・」
「自分と子供を置いて行く薄情な男を見て泣いてる場合じゃないでしょう。
泣くのは産まれた子供を見てからにしてください」
「・・・うん、そうよね」

先生のところから戻ってきた月島君は、
ニコニコしながら私の前にやってきた。

「俺が立ち会ってあげますから」
「遠慮しときます」
「えー。残念です」
「ふふふ。そうだ!さっき、わざと湊君に『自分の子供』とか言ったでしょ?」
「あれ。バレました?」
「当たり前でしょ。・・・でも、ありがとう。お陰でお互い話したいことを話せたわ」
「それはよかったです」

私は泣いていたのが恥ずかしくなり、照れ隠しに目を擦った。

「あ、コンタクト痛い・・・こんな時は困るわね。コンタクト、眼球の裏側に行かないかな」
「小倉先輩・・・何を今時そんなこと言ってるんですか」
「大丈夫よね?」
「当たり前です」

私は情けない顔で笑って言った。

「あーあ。せっかくコンタクトにしたのに、
湊君には、お味噌の入ってないお味噌汁みたいって言われちゃうし。
そんなのただのお吸い物よね」

すると月島君は少し目を見開いてから優しく微笑み、

「先輩、知らないんですか?湊さんは味噌汁よりお吸い物の方が好きなんですよ?」

と、言った。

 
 
  
 
 
 
 
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