第3部 第20話
 
 
 
「はぁ。二度手間もいいとこですよ」

月島君はそう言うと、私の隣の座席にドサッと腰を下ろした。

「そうよね。ごめんね」
「いや、先輩が悪い訳じゃないですけど。・・・それにしても暑いですね」

月島君はTシャツの襟首をつまみ、パタパタと上下させた。

「うん、でも7月の割りにはまだマシじゃない?」

それから私は自分の膝の上に視線を落とす。

「飛行機が飛ぶ前にシートベルトしないといけないから、床に下りてくれる?」

するとソレは素直に床に下りた・・・かと思いきや、
すぐに隣の月島君の膝の上に移動した。

月島君がうんざりした声を上げる。

「おい。俺もシートベルトしないといけないんだから、下りろよ」

ところが、ソレはそんな月島君の言葉など一向に気にすることなく、
月島君を見上げて言った。

「うるちゃい。だまれ、ちゅきちま」

月島君の口角がピクッと上がる。
私は下を向いて、必死に笑いを噛み殺した。


2歳の息子は腕白盛りで、
たまに遊びに来てくれる月島君にすっかり懐いている。
月島君も可愛がってくれてはいるんだけど・・・
最近息子の中でブームの「うるちゃい。だまれ、ちゅきちま」には辟易しているようだ。

「全くこの口の悪さは誰に似たのか・・・って、決まってますよね」
「そうね」

だけど、そうは言いながらも月島君はちゃんと息子の相手をしてくれる。

私は、安心して目を閉じた。


飛行機が揺れ、離陸のアナウンスが流れる。
いよいよ、出発だ。

アメリカへ向けて。










「迎えが着てるんですよね?」

月島君は最後のゲートを出ると、キョロキョロと辺りを見回した。

「うん。そのはずだけど」

海外旅行で空港に迎えが来る・・・というと、
海外初心者の私と月島君は、
「OGURA & TSUKISHIMA」とか書いた画用紙を持った外人さんが、
ゲートを出たところで待ってくれている、と想像していたのだけど、
それらしき人は見当たらない。

それだけで私と月島君は一気に不安になった。
でも、文字通り右も左も分からない2歳児は最強だ。
ここが外国と知ってか知らずか、早速あちこち徘徊し始めている。

私と月島君は、
どうしたものかと、とにかく「誰か迎えに来てー」オーラを出しながら、
異国の地の空港でいきなり途方に暮れた。

すると私たちのオーラを感じたのか、
向こうの方から1人の男の人が私たち3人に向かって歩いてきた。
どうやら彼が私たちを迎えに来てくれた人のようだけど・・・

私と月島君は顔を見合わせた。

「あの人ですか?」
「そうみたいね・・・でも・・・」

オロオロしているうちに、その男の人は私たちの前までやってきた。
そして、どう見ても日本人ではないその口から、流暢な日本語が発せられた。

「小倉様と月島様でございましょうか」
「は、はい・・・」
「お車のご用意ができています。直接会場に向かいますがよろしいでしょうか?」
「は、はい!」

その外人さんは、私たち3人が既に正装しているのを見て、
穏やかに微笑んだ。

どうやら間違いないらしい。

それにしても、なんて礼儀正しい外人さんなんだろう。
そして、私と月島君が驚いたのはそのいでたちだ。
抜群のスタイルにタキシード。
およそ、ただのお迎えの人、という感じではない。

しかし、更に私たちを驚かせる物が、空港の外に待っていた。


「どうぞ、お乗りください」

お迎えの人が、車の後部座席の扉を開く。
後部座席と言ってもただの後部座席ではない。
運転席と何メートル離れているんだろう?と言いたくなるほど、
ながーい「後部座席」だ。

「なんでリムジンなんでしょう?」
「さあ・・・」
「坂上先輩、一体どんな人と結婚するんですか?」
「ジュークスのお偉いさんだって。でも歳はまだ24歳らしいよ」
「ジュークス!?あの有名なソフトウェア会社の!?」

月島君はため息をついた。

「さすが坂上先輩ですね」



まさに「春美」ちゃんにぴったりな春の陽が美しい今日、
春美ちゃんが結婚する。

という訳で、遠路はるばるこうやってアメリカまでやって来たものの、
旅費も宿泊費も全て春美ちゃん持ち。

なんだが逆に申し訳ない。

でも、
「坂上先輩が出すんじゃなくて、金持ちの旦那さんが出すんでしょ?
だったら遠慮なくお言葉に甘えましょうよ」
という月島君の言葉で、息子共々お世話になることにした。

それにしても、2歳児にもパスポートっているのね。
なんとなく3歳以下はいらないんじゃないかと思っていたけど、
生きている日本人なら何歳でも必要らしい。
「パスポートは切符じゃなくて、身分証明書ですよ」という月島君の言葉で納得したけど。

そんな海外初心者らしいエピソードはともかく。


リムジンの中を所狭しと駆け回る息子を放置し、
私は窓から外の景色を眺めた。
何気ない看板1つにも「ああ、アメリカに来たんだ」と思わせられる雰囲気がある。

「見て!月島君!車が全部左ハンドル!凄い!」
「あ、ほんとだ・・・って、先輩。当たり前じゃないですか。
アメリカは日本と走行車線が逆なんですから」
「そ、そうよね!」

まだ若干浮つき気味の私とは対照的に、月島君はすっかりいつもの冷静な月島君に戻ってる。
でも今日の月島君は冷静、というより、ちょっと落ち込んでいると言った方がいい。

私は、真新しい海光の高等部の制服に身を包んだ月島君の様子を伺うように言った。

「あの、月島君・・・元気だしてね?」
「何に対して言っているんですか?」
「まあ・・・その色々」
「・・・そっとして置いて下さい」
「はい・・・」

私は仕方なく口を噤んで目を再び窓の外に向けた。


この3月に海光の中等部をめでたく首席で卒業した月島君だけど、
ある3つのことで今は少し凹んでいる。

その1つ目は、
月島君は中学1年生・2年生とトップ成績を修め、高等部への進級テストもトップだった。
ただ、中学3年生の成績は学年2位。
(3年間の総合ではダントツトップだから、首席で卒業できたけど)
実は英語のリスニングが苦手らしく、それが足を引っ張ったらしい。
本人は、順位は気にしていないようだけど、
自分にリスニング能力が激しく欠けるという事実に落ち込んでいる。

2つ目は、お姉さんに恋人ができたということ。
それも超イケメンの社会人。
弟としては複雑な気持ちなのだろう。

そして、3つ目は・・・
これが一番の打撃でもあるんだけど・・・

月島君は失恋してしまったのだ。
 
 
 
  
 
 
 
 
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