第3部 第3話
 
 
 
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16

「今、何と言った?」

16秒か。
最高記録だ。

「妊娠したから学校を辞めます、って言いました」
「・・・」

1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12

「本当か?」

12秒。
ちょっと短くなった。

「はい」
「・・・」

1、2、3、4、5、6、7、8、9、10

「もう一度言ってくれ」
「・・・先生、授業が始まりますよ?」
「授業なんかどうでもいい!」

髪は頼りないけど教師としては頼りがいのある担任の檜山ひやま先生が机をバンッと叩いた。

「すみません」
「・・・だ?」
「え?」
「相手は誰だ?」
「・・・」

こればかりは言えない。
親にも隠し通した。
先生にバレたりしたら、湊君まで退学になる。

「ぶっ殺してやる!」
「・・・」

やっぱり言わない方が良さそうだ。




1学年2クラスしかない海光は、高等部に上がる時に一度クラス替えがあるだけだ。
担任もそのクラス替えの時にしか変わらない。
つまりこの檜山先生は私が高校1年生の時からずっと私の担任をしてくれている。

しかも中等部の時も、担任ではなかったけど国語を教えてくれていたから、
私が海光に入学してからずっと教えてくれていることになる。

先生から見れば、私たち3年の生徒は子供みたいなもので、
生徒から見れば、先生は親みたいなものだ。

そんな生徒がいきなり「妊娠したから学校を辞める」と言えば、驚くのも無理はない。
しかもずっと学年トップで来年には海外留学する予定だった生徒だ。

でも16秒硬直は凄いな。
親も湊君も、ここまでじゃなかった。

「はあ・・・俺にも高校生の娘がいるけどな。娘が妊娠したって聞いてもここまで驚かないぞ」
「じゃあ、娘さんができちゃった婚するって言い出しても、笑顔でお祝いしてあげて下さいね」
「・・・」

先生は頭を抱えた。

「小倉、早まるな。もう高3のこの時期だしお前は成績優秀だ。
もしかしたら卒業させてやれるかもしれない。校長と相談するから自主退学なんかするな」
「先生・・・」
「体調は大丈夫か?つわりは?」
「大丈夫です」
「よし。じゃあ普通に授業を受けてろ。体育は出なくていい」
「はい・・・ありがとうございます。
それにすみません。留学の準備も色々して下さってたのに・・・」
「生徒はそんなこと気にしなくていい。ほら、さっさと行け」
「はい」

私はお辞儀をして、職員室を出た。

檜山先生はああ言ってくれたけど、正直卒業できるとは思っていない。
先生もダメ元で校長に交渉するつもりだろう。
あの女傑校長が許してくれるとは思えない。

でも、嬉しい。
ああやって、本気で怒って本気で心配してくれるなんて。
いくら親子のようだとは言え、他人は他人だし、私は先生の教え子の1人に過ぎないのに。


私はなんだか温かい気持ちになり、
またお腹をさすりながら教室へ戻った。





「亜希子。湊と別れたって本当か?」

放課後。
教室で突然卓巳が周りの目も気にせず、
私に訊ねてきた。

「あー・・・うん」

私がそう返事すると、
卓巳は何故か満足気に頷いた。

「そっか、やっぱりな。お前と湊じゃ合わないよな」
「んー」
「お前が振ったのか?」
「んー」
「ま、来年にはお前はアメリカだもんな。遅かれ早かれ別れるのは決まってたよな」
「んー」

どれもいまいち答えにくい質問だ。
学校を辞めるのだから、全部正直に話してもいいのだけど、
檜山先生がああ言ってくれたし、今は取り合えず誤魔化しておこう。

「まあ、そんなとこ」
「だよなー」

こんな適当な答えで納得はしてくれないだろうと思ったけど、
卓巳も受験勉強で忙しいのかそれ以上質問することなく席へ戻った。






「次は・・・小倉さん」
「はい」
「診察室にお入りください」
「はい」

バイトも留学もやめ、ついでに退学しようとしている私には時間が有り余るほどある。
でも、長年の習慣からか暇があると勉強してしまう。

もう必要ないのに。

自分自身に呆れながら参考書を閉じ、私は立ち上がった。


固いベッドに横になると、女の先生が私のお腹にジェル上の液体を塗り、
音波器を当てる。

「はい、順調です。予定日は3月20日ですね」
「はい・・・あの、性別ってまだわかりませんか?」
「ふふ、早く知りたいですか」
「あ、はい」

私がそう言うと、先生は何やら音波器のスイッチを切り替えた。
とたんに、目の前のモニターの映像が変化する。

さっきまでは、白黒のノイズのような映像だったけど、
今度は3D映画も真っ青なくらいリアルな映像だ。

「これ、赤ちゃんですか!?」
「そうですよ。小倉さんのお腹の中の赤ちゃん。4ヶ月です。かわいいでしょ?」
「・・・」

こんなこと言っちゃ赤ちゃんに申し訳ないけど、ちょっと気持ち悪い・・・
なんかガイコツみたい・・・

これが赤ちゃん?
これが人間になるの?

不思議だ・・・

何より、これが私のお腹の中にいるってことが不思議だ。

「これで見ると、性別がわかりやすいんです。うーん・・・はっきりとは言えませんけど、
ここにちょこっと付いてるように見えますね」

先生はボールペンでモニターに写る赤ちゃん(らしきもの)の股間(らしき場所)をさした。

どこにどうちょこっと付いているんだろう。
でも、ということは・・・

「男の子の可能性が高いですね」

男の子!
女の私の身体の中に、男の子がいるなんて!!

妙なことに感動していると、
先生は机の上で何かを書いて私に渡した。

「母子手帳の交付申請書です。市役所に持って行って母子手帳を受け取ってください。
一緒に無料診察券がもらえますから、次回の検診から両方持ってきてくださいね」

母子手帳!

また感動だ。

妊娠してからというもの、やたらと感動することが多い。
今まで全く未知だったことを知って感動したり、
今まで当たり前だと思っていたことの凄さに気付いて感動したり。


今から早速市役所に行こう。



市役所行きのバスに乗ると、私は病院でもらった赤ちゃんの写真を眺めた。
赤ちゃんなのか、
ガイコツなのか、
エイリアンなのか。
そんな容姿なのに、自然と頬が緩む。

鞄の中の参考書のことはもうすっかり忘れていた。
 
 
 
  
 
 
 
 
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