第3部 第7話
 
 
 
まるで、便秘が治ったような。

・・・なんて色気のない例えだろう。

でも、本当にそんな気分だ。

あれほど困って悩んで考え込んでいたのに、
「産む」と決まれば、物凄くスッキリした。


私、子供を産むんだ!
私のお腹の中には子供がいるんだ!


いっそ、誇らしい。
道行く人に「私、子供産むんです」って自慢して回りたいくらい。

町を歩けば、妊婦さんや赤ちゃんに目が留まる。
デパートに入れば、子供服のお店に足が向く。


なんか、物凄く幸せだ。


この幸せを湊君と分かち合いたい。
湊君もそう思ってくれると思う。

でも、それはできないんだ。

そう思うと、急に心が冷たくなるけど、
赤ちゃん用の小さな靴下を見ると、そんな気持ちも吹き飛んだ。

子供服って、本当に小さくて可愛いなあ。

そうだ。
服はもちろんだけど、ベビーカーがいるな。
ベビーベッドも。
私が赤ちゃんの頃使ってたやつって、取ってあるかな?
あ!それよりオムツだ!
オムツは絶対いる!

後は何がいるんだろう?
お母さんに聞いたらわかるかな?


浮かれた気持ちでお店の中をウロウロしてたら、
レジのところの本に目が留まった。

雑誌だ。

「たまごくらぶ」
「ひよこくらぶ」
「こっこくらぶ」

・・・なるほど。
産まれる前は「たまご」で、
産まれた後は「ひよこ」で、
子供になったら「こっこ」な訳ね?

じゃあ今は「たまご」だわ、

と、早速「たまごくらぶ」を購入して、
早速隣のカフェで読みふける。
参考書を読む時とはまた違った集中力だ。

どのページも可愛い赤ちゃんと可愛いお話ばかりで、
思わず顔がほころぶ。

途中、「デキるパパ、とは!」みたいなコーナーのページで手が止まる。

こんなコーナー、私が読んでも仕方ない。
そう思いながらも、なんとなく読んでしまう。

「デキるパパ」の条件・・・

夜中、ミルクを作ってくれる、
ママに1人の時間をプレゼントしてくれる、
自分自身が「大きな子供」にならないようにする・・・

・・・ぷっ。
「大きな子供」って。

「母さーん、靴下どこだ?」と毎朝言ってるお父さんの姿が頭に浮ぶ。
あれが「大きな子供」ね。
うんうん、なるほど。
湊君も、ちょっとそんな感じよね。
しっかりしてるけど、甘えん坊なところあるし・・・


ダメダメ。
ダメだって。
湊君とは別れるんでしょ。


私は雑誌を閉じ、カフェを出た。

湊君とは別れるって決めたんだから、いい加減踏ん切りつけなきゃ。
そうでないと、「別れよう」なんて、とても言えない。

その時のことを想像すると、今から気が重い。
湊君、傷つくだろうな・・・
湊君を傷つけるようなこと、絶対したくないと思ってたのに。

月島君と春美ちゃんに「慰めてあげて」ってお願いしようかな。
・・・傷口に塩を塗るようなものかな。


それに・・・
いつ別れよう。

早いほうがいいだろう。
でも、少しでも湊君と一緒にいたいという気持ちもある。

夏休みが終わって、湊君が東京に戻ってきたら・・・
ううん、10月くらいまでいいかな・・・
でも・・・


私は天邪鬼で照れ屋だから、素直に湊君の好意に甘えたり、
湊君が喜ぶと分かっている事でも恥ずかしくて出来なかったりする。
でも、最後くらい素直になろう。
素直になって、お互い良い思い出を作ろう。


その時、アクセサリー屋さんの前で足が止まった。
アクセサリーなんて買ったことないけど・・・

そうだ。

湊君にピアスをあげよう。

最近つけてないみたいだけど、ピアスがない湊君って・・・
お揚げが入ってないお味噌汁みたいな感じ。
無くてもいいけど、あるとより美味しい、みたいな。

別れるのにプレゼントをあげるって変かな?

でも、私があげた物を湊君が持っていてくれてると思うと、
別れても完全に切れている訳じゃない、って気がする。

もちろん、別れた後に湊君が「いらない」と捨ててしまうかもしれないけど、
それでも「湊君は大事に持ってくれている」と思うことで、
少しは寂しさを紛らわせれる気がする。


湊君にピアスをプレゼントしよう。
そして、別れるんだ。


そう心に決めて、お店の中でピアスを探してみるけど、中々いい物が見つからない。
男の人のピアス自体が少ないし、どんなのが湊君に似合うのかよく分からない。
それに・・・意気揚々と探し始めてはみたものの、
もうこれで湊君にプレゼントすることはないのかと思うと、
なんだか寂しくて、いつまでも選んでいたい気がする。

そんなこんなで、1時間経っても私はピアスを選べずにいた。

誰かに相談してみようか?
でも誰に?
春美ちゃん?
だけど春美ちゃんは静岡の実家に帰ってるしなあ。

この辺にいる人で、私のことはもちろん湊君のことも知っていて、
ピアス選びのアドバイスをくれそうな人・・・
できれば一緒に探してくれるような人・・・


そうだ!


私は駅へと向かって歩き出した。
 
 
 
  
 
 
 
 
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