第3部 第8話
 
 
 
改札を出ると、立ちくらみがした。

つわり?

そうじゃない。
単に暑さと人の多さにあてられただけだ。

どうして新宿ってこんなに人が多いんだろう!


人混みの中を恐る恐る歩く。
たださえでもこんな人混み苦手なのに、
お腹に赤ちゃんがいると思うと、
「こんなとこ歩いて大丈夫かな?」とすら思ってしまう。

もちろん、人混みを歩いただけで赤ちゃんに影響があるわけないんだけど。
あ、でも煙草の匂いとかはダメなのかな。
気をつけなきゃ。


東京で生まれ育ったくせに、まるで上京したての人のようにキョロキョロしながら、
以前湊君と一緒に行ったデパートに入る。
更に、一緒に行ったお店へ向かう。

そう。
あの人のいるお店だ。


「三木さん」
「はい。・・・あ、小倉さん!」

凄い。
2ヶ月も前にたった一度来ただけの客を覚えてるなんて。
本当にこういう仕事に向いてるんだなあ。

久しぶりの三木さんは相変わらず綺麗で、
少し日焼けした肌と薄い服がとても似合ってる。

「いらっしゃいませ」
「お久しぶりです。前はお世話になりました」
「いえ・・・」

三木さんは、私の顔をじーっと見て、ニコッと笑った。

「メイク、お上手ですね」
「は、はあ」

思わず赤くなる。

学校ではメイクはしないけど、
どこかに出掛ける時は、三木さんに教えてもらったメイクをするようにしている。

綺麗でいたい、というより、
せっかく教えてもらったメイク方法を忘れたくない。
化粧品も使わないともったいないし。

それに、私がメイクをすると湊君も喜ぶ。
「しなくても全然いいんですけどね。頑張ってメイクしてる先輩の姿がかわいいんです」
だそうだ。
・・・よくわからないんですけど、それ。

「お買い物ですか?」
「あ、いえ・・・ちょっとご相談したことがあって。今いいですか?」

って、いい訳ないか。
仕事中だもんね。

だけど三木さんは「服をお勧めしてる振りをしてたら大丈夫です」と、
いたずらっぽく言って、近くの服を手に取った。

「どうしたんですか?」
「あの・・・一緒にいた男の子、覚えてますか?」
「ああ、柵木君でしたっけ」

本当に凄い記憶力だ。

「はい。彼にピアスをプレゼントしようと思うんですけど、どんなのがいいか分からなくて。
どこで買えばいいかも分からないんです」
「そういえば彼、右耳に青いピアスしてましたね」
「そんなことまで覚えてるんですね!」
「男性が片耳にピアスをするといえば、普通は左耳なんですよ。
柵木君は右耳だったから印象に残ってるんです」

三木さんはいかにも「服をお勧めしてます!」って感じで、
私の前に服を広げた。

「うーん・・・そうですね。私ならこういうピアスをあげるな、ってイメージはありますけど、
小倉さんがご自分で選んだ方が、柵木君も嬉しいと思いますよ。
例え多少自分の趣味と違うピアスを貰ったとしても」
「そういうもんですか?」
「そういうもんです」

ふーん。。。
難しい・・・

「それに、ピアスですからね。服や帽子と違って『全然似合わない!』ってことはまずありません。
小倉さんの中の彼のイメージってどんなのですか?」

私の中の湊君のイメージ、かあ。

「正直で素直で真っ直ぐで情熱的、って感じかな」
「ふふ、随分直球な人なんですね。そのイメージに合うピアスを探せばいいと思いますよ」

なるほど。

「ありがとうございます!」
「この建物の7階がメンズファッションのフロアになっていて、
男物のアクセサリー専門店が入っています。ピアスもたくさんありますよ」
「今から行ってみます。本当にありがとうございます。
あ・・・せっかく来たから、服買って行こうかな」

ところが三木さんは真面目な顔で首を振った。

「そんなことにお金を使っちゃダメです。ピアス買うんでしょ?」

店員さんがそんなことでいいんだろうか。

「でも・・・あ、そうだ。1年後にたくさん服を買いに来ますね」
「1年後?」
「はい。私、妊娠してるんで、もう普通の服は着れなくなるんです。産んでからまた来ます」

三木さんは目を丸くした。





ここ、よね?

三木さんに教えてもらったお店は、確かに同じ建物の7階にあって、
確かに男の人用のアクセサリー専門店だった。

黒を基調とした店内にはシンプルなシャンデリアのような照明が付けられ、
ショーケースの中にはごついシルバーアクセサリーがズラリ。
店員さんは若いホスト風のお兄さんで、ちょっと長い茶髪に黒い服。
その辺の女の人より遥かに沢山のアクセサリーを付けている。

は、入りにくい!!!
でも、ピアスはありそうだな・・・

そう思い、お店の入り口から本当に首を長くして店内を見ていると、
ホストのお兄さん・・・じゃない、店員のお兄さんが私を見つけてやってきた。

怖いんですけど・・・

「何かお探しですか?」
「あの、ピアスを・・・片方だけなんですけど・・・」
「プレゼントですか?」
「は、はい」

オドオドと答えると、意外にもお兄さんは人懐っこい笑顔になり、
「どうぞ、お入りください」と招き入れてくれた。

「ご来店ありがとうございます」
「いえ・・・あの、4階のお店の三木さんって人に、ここを教えてもらって」

知ってる・・・訳ないか。
同じ建物でも違うお店の人なんだし、
三木さんもこのお兄さんもアルバイトな訳だし・・・

ところが。

「三木?ああ、美貴みきのことですか!」
「は?」
「あいつ、三木美貴みきみきって名前なんですよ。
面白い名前なんで、すぐに覚えて友達になったんです」

みきみき?

「昔は別の苗字だったらしいんですけど、結婚して三木になったそうです。
で、三木美貴」
「結婚!?」
「そう。あいつ、まだ21歳ですけど、19で子供ができて結婚して、今は1児の母なんです。
で、現在旦那と別居中、っていう王道を行ってます」
「・・・」

三木さんには、これからも教えてもらうことが沢山ありそうだ。
  
 
 
 
 
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