第3部 第9話
 
 
 
「ミキのご紹介なら、張り切って商品のご説明しますよ!」
「は、はい。ありがとうございます」

ミキって苗字の「三木」なんだろうか
名前の「美貴」なんだろうか。

まあ、同じか。

この羽田はたさんという店員さんは、
早速私の前にピアスをずらっと並べてくれた。
沢山ありすぎて、何がなんだかよく分からない。

「どんな感じのピアスをお探しですか?」
「ええっと・・・すみません。私、こういうの、わからなくて・・・」

だけど羽田さんは困った表情一つしない。

「彼氏さん、今はどんなピアスを付けられてるんですか?」
「大きな青い石のピアスです」
「青い石、ですか」

羽田さんは、青い石の付いたピアスを幾つか選んでくれた。

「石が付いてるピアスがお好きなのかもしれませんね。
失敗無く行きたいなら、同じタイプの物をお勧めします」

はい。失敗したくないです。

羽田さんが選んでくれたピアスは、一口に石と言っても色々だ。
シンプルに石だけのもの、
飾り細工の中に石がついているもの、
石というよりキラキラしてて宝石のようなもの。

確か湊君がつけてたのは、青い石の周りに派手なシルバーの飾りが付いてるピアスだったような。

「あの。赤い石のってありますか?」
「赤ですか?少々お待ちください」

湊君は青色が好きなのかもしれないけど、
私の中の湊君のイメージは赤色だ。

情熱の赤。

湊君はいつだって情熱的だ。


「赤のはあまりありませんね。この3つです」

少しして羽田さんはお店の奥から3つのピアスを持ってきてくれた。
どれもタイプが違うピアスだ。

・・・赤がいいとは言ったものの、
やっぱりどれが湊君に似合うのかさっぱりわからない。

「うーん・・・」
「あはは。彼氏さんはどんな見た目の男の子ですか?」
「えっと。茶髪で小柄でかわいい感じの男の子です」
「ちょっと待っててください」

羽田さんはまたお店の奥へ引っ込んだ、
と、思ったら、すぐに1人の男の人を連れて来た。

まさに「茶髪で小柄でかわいい男の子」だ。

もちろん、顔は全然違うけど。

「彼氏さんには到底及ばないでしょうけど、コイツでちょっと我慢してくださいね」
「ひどいなー。あ、俺、ここの店員の野口です」
「?は、はい」

茶髪で小柄でかわいい男の子の野口さんが、羽田さんを軽く睨みながら私に挨拶する。

この野口さんの何を我慢するんだろう?

すると羽田さんが、私の目の前に並べてあったピアスの1つを手に取り、
野口さんの耳元に持っていった。

「顔だけ彼氏さんに摩り替えて想像してくださいね。このピアスだと、こんな感じになります」

そういうことか。
って、大きい!!

ガラステーブルの上で見てると、あまり大きいとは思わなかったけど、
実際に耳に付けると、こんなに大きいんだ!
(ちなみに、野口さんは本当に付けた訳ではない)


「大きいですか?じゃあ、こっちは?」
「あ、それは小ぶりなんですね」

それでも大きいけど、さっきのよりは小さい。
湊君のピアスと同じくらいかな?

「最後のはこんな感じです」
「これが一番小さいんですね」
「そうですね」

私は野口さんの顔を湊君に変えて(難しい・・・)、
湊君がこの3つのピアスをつけてるところを想像してみた。

どれがいいかな・・・
私的には、最後のがいい気がする。

今の湊君のより少し小さい感じのピアス。
燃えるような綺麗な赤い石の淵にまとわり付くようにシルバーの飾りが施されている。

これなら、ピアスそのものはそんなに派手じゃないけど、
ちょっと目を惹いていいかも。
それに、軽い。
後の2個はずっしりと重いけど、これは凄く軽い。

湊君はいつでもピアスをつけてるから、あまり重いと疲れるだろう。
肩こりとかしそう。

「肩こりですか!」

羽田さんが笑った。

「しませんか?」
「うーん、俺はしないなあ」
「俺しますよ!」

と、野口さん。

「重いピアスを取った時、肩が楽になりますもん!」
「やっぱりそうなんですね!」
「ほんとかよ、野口?お前、商売上手だな」
「本当ですって!」
「はいはい。じゃあ、これにしますか?ちょっと他のより高いですけど」

ほんとだ。
高い。
だけどバイト代もあるし・・・
そうだ、本屋さんのバイトも辞めないと。
重い物を運んだりするから、妊婦にはちょっときつい。

でももう留学費用を貯める必要もないから、
思い切ってこのピアスにしよう。

「はい!これにします」

私が「決めた!」とばかりに大きく頷くと、
羽田さんはまた笑いながら、ピアスを包装してくれた。

私がアクセサリーを買うなんて!
しかも、ピアス!
しかも、男物!

以前の私なら、絶対考えられなかったなあ。
ピアスをしてる湊君を見て「何、あれ」と思っていたのに、
その湊君にピアスをプレゼントするなんて。

湊君、喜んでくれるかな?
あ、でも・・・

私は、羽田さんが綺麗に包装してくれたピアスの箱を見て思った。

これを渡すってことは、別れるってことなんだ。
湊君が喜ぶはずがない。

これは、湊君へのプレゼントというより、私のケジメだ。
湊君にとっては、むしろ欲しくない物かもしれない。

だけど、それでも渡さなくちゃいけない。
そうだよね?

お腹に触れると、まるで「そうだよ。頑張って」と赤ちゃんが言っている気がした。

きっと湊君は東京に戻ってきたらすぐにホテルに行きたがるだろう。
一晩一緒に泊まって、次の日にこれを渡そう。
そしてちゃんと、さよならって言うんだ。

私はピアスの入った箱を鞄にそっと入れると、
変わりにまた「たまごくらぶ」を取り出して、
駅のホームへと向かった。







もう一度勉強机の椅子に座り、
ピアスのレシートを正方形になるように折る。

結局、あの日ホテルで湊君に「さよなら」は言えなかった。
だって湊君が急に「前のピアスも元カノから別れる時に貰った物だ」なんて言うから、
私も同じことをしようとしているのだと思うと、どうしても言い出せなかった。

それに・・・湊君は本当に嬉しそうだった。
あんなに喜んでくれている湊君を、いつまでも見ていたかった。

いっそ、別れずにいようかと思ったくらい。

幸か不幸か、MBAを取ろうとしていたことを湊君に知られて気まずくなってしまったから、
別れを切り出すことができたけど、
あれがなければ、もしかしたら今もズルズルと付き合っていたかもしれない。
そして、それはそれで幸せだったのかもしれない。


記憶を辿りながらレシートを折っていく。
確か、こうやって、こうやって・・・
よし、できた!

私は掌の上にハート型に折ったレシートを乗せた。

折り紙でハートを折れるなんて、知らなかった。
月島君も「湊さんに教えられて、初めて知りました」って言ってた。

老人ホームのお年寄りのために、ハートを千個も折ろうだなんて、
湊君らしいな。

全部月島君に押し付けちゃってれば、女子生徒みんなで折ったからすぐに全部完成したのに。
きっと「しまったなー」とか思いながら、残りの500個を1人で折ったんだろう。

ふふふ。
ほんと、湊君らしい。


湊君には、いつもまでも湊君らしくいてほしい。
変に自分を押し殺して「父親」になってほしくない。

だから、これでよかったんだ。


「亜希子ー!お父さんが帰ってきたわよー!」

1階からお母さんの声がした。

「はーい!すぐ行く!」
「お父さんたらねー!また、グレープフルーツ買ってきたのー!」

げっ。


私は机にハートを置くと、
慌てて部屋を飛び出した。
  
 
 
 
 
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