第4部 第2話
 
 
 
2年間ずっと会いたいと思い続けていた人が目の前に、
それも自分の腕の中に、
突然現れるとこうも放心してしまうものなのか。

俺は地面に座り込んだまま、自分の腕の中の先輩をマジマジと見つめた。
先輩も唖然として俺を見つめ返す。

先輩の瞳に俺が映る。
多分、俺の瞳にも先輩が映っているんだろう。

すぐ頭上にあるはずの喧騒が、遥か遠くに聞こえる。


「・・・湊君?」
「先輩・・・」

俺と先輩が口を開いたのは、たっぷり30秒は経った頃だった。

ああ、この声。
間違いなく先輩だ。

「先輩!」

俺は無我夢中で先輩を抱きしめた。
思い切り力を込めて抱きしめたので、
俺の胸で先輩が息苦しそうにする。

でも、「あ、すみません」と言って離す気にはなれなかった。

もう何も言わずにこのままずっと抱きしめていたい、
そんなことが頭をよぎったけど、
それと同時に別の欲求を感じ、先輩の顔だけ胸から解放する。

そして先輩が息つく間もなく、先輩の口を唇で塞いだ。

きっと、今まで先輩にしたキスの中で一番下手なキスだ。
でも、恥も外聞も無く俺は夢中で先輩にキスをした。

もう、
先輩が俺のことをどう思っているのか、とか、
もしかしたら結婚してるかも、とか、
そんなことは頭から消し飛んでいた。

とにかく抱きしめたい、キスしたい、
それしか考えられなかった。

そんな俺の背中に、先輩がおずおずと手を伸ばしてきた。
最初は遠慮がちだった手だけど、キスが激しくなるにつれ、力が込められていく。

そして、キスがほんの一瞬途切れたその時、
先輩が涙を流しながら小さな声で、
「会いたかった」と呟いた。

その瞬間。
俺の中の2年という時間は消え去った。

先輩が今ここにいる。
今、俺の腕の中に。

それが全てだった。


そこからはよく覚えていない。
気がついた時には、
俺と先輩は、教会の裏手にある引っ越したばかりの俺の新居の寝室にいた。

顔を覆って泣きじゃくる先輩の手を何とか外し、
また夢中でキスをする。

お互い何も言葉はなかった。
ただ抱きしめ合って、キスをして・・・

ベッドに辿りついてもキスは止まらず、
俺は唇を離さないまま、先輩のワンピースの肩紐を外した。
せっかくの綺麗なワンピースだけど、
丁寧に脱がせる余裕も無い。

自分でも、もうちょっとスマートにできないのかよ、と思うほどもたつきながら、
俺は先輩のワンピースを取り去った。

すぐにでも先輩の身体に触れたいという欲求を必死に堪え、
下着も全て脱がし、アクセサリーも取る。
そして俺も全て脱いだ。

何一つ身につけず、俺と先輩は抱き合った。

いや・・・俺は1つだけ身につけている物がある。

もはやつけていることも忘れてしまうくらい俺の身体の一部になっていて、
それでいて決して忘れることのできない物。

「ピアス・・・」

先輩が俺の右耳元で呟く。
俺は小さく頷き、また先輩にキスをした。

昔と変わらない、白くて柔らかな肌。
触れているだけで、気が遠くなりそうだ。

全ての感触が懐かしく、
また新鮮でもある。

身体の奥底から、ふつふつと何かが湧き上がってきた。

幸せ?
欲望?

なんか、違う。

なんて言うか・・・
今まで自分に欠けていた部分が、補われた感じ。
ワンピース足りなかったパズルが、ようやく完成した感じ。


つまり、俺には先輩がいなきゃダメってことなんだろう。


答えが見つかったところで、俺は安心して先輩の中に潜り込んだ。

「あっ・・・ああん」

先輩が俺の手を握り締める。
俺もそれを思い切り握り返す。

先輩の中はすぐに変化した。

「っん、先輩・・・」
「・・・湊君、湊君・・・ああ、湊君だ・・・」

先輩がもう片方の手で俺の顔に触れた。
まるで俺の存在を確かめるかのように。

その指先の感触で、俺の理性は一瞬にして吹き飛んだ。

「先輩・・・ごめん、今日は好きにさせて・・・」

涙と快感で上り詰めている先輩には聞こえなかったかもしれない。
でも俺もそれ以上話せなくなり、
本当に好き勝手に先輩の身体をもてあそんだ。

先輩に気遣うこともなく、自分の欲求のままに。

だけど不思議なことに、それは俺の自分勝手な行為であると同時に、
先輩の自分勝手な行為でもあった。

お互い好き勝手やってるにもかかわらず、
自分を、そしてお互いを満足させている。


つまり、やっぱり俺には先輩がいなきゃダメで、
先輩にも俺がいなきゃダメってことなんだろう。


俺はまた安心して、先輩の中で果てた。






「懲りない奴だなーって思ってます?」

少し日が陰った寝室のベッドの中で、
俺は先輩を抱き締めながら訊ねた。

しばらくは先輩の身体を離せそうにない。

「・・・何が?・・・」

先輩がボンヤリと訊ね返す。
会話をしなければ、先輩はすぐにでも眠ってしまいそうだ。
時差ボケもあるだろうけど、
俺が無理させたせいでもある。

「また妊娠したらどうするんだよって」
「・・・ああ・・・ふふ、そうね」
「笑ってる場合じゃありませんよ?」
「うん。でも、今日は大丈夫だと思う」

え?
なんだ・・・そうなのか。

俺の心の声が聞こえたのか、先輩は不思議そうに首を傾げた。

「ここはホッとするところじゃないの?」
「ホッとするところじゃありません」

先輩に、音を立てながらキスをする。

「先輩。昔俺に『母親になるっていう新しい夢ができた』って言いましたよね?」
「うん」
「それは実現したんですよね?」
「うん」
「俺にも2つ、新しい夢ができたんです」
「夢?」
「はい」

先輩は目が覚めたのか、俺の胸の中から俺を見上げた。

「1つは、先輩と家族になること」
「湊君・・・」

先輩の瞳が揺れる。
俺がその目元にキスをすると、
涙が一筋流れた。

「もう1つは、先輩に『あなたの子供を妊娠したの』って言われること」
「え?」

俺はわざと不機嫌な声を出した。

「2年前は、先輩にその夢を阻止されましたからね。
今度こそ、実現させてみせます!」

先輩はまた泣きながら、笑った。
 
 
  
 
 
 
 
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