第4部 第3話
 
 
 
遠くから、パーティ会場の音楽がかすかに流れてくる。

俺と先輩は、日が落ちてもまだベッドの中でそれを聞いていた。

だけど、バーン!という花火か何かの音で、
先輩は、我に返ったように俺に訊ねてきた。

「そういえば、ここって湊君の家なの?一軒家みたいだけど・・・」
「そうです。4月から働く会社の社宅なんです。引っ越してきたばっかりですけど」
「社宅?こんなに大きな一軒屋が?」

先輩は驚いているようだけど、この家はアメリカの一軒家の平均から言うとそんなに大きくない。
だけど、普通の新入社員はこんな社宅は貸してもらえず、会社の寮住まいだ。
俺がこの社宅を借りることができたのは・・・

「すぐに結婚するからって、社宅を貸してもらえるように会社に頼んだんです」
「結婚・・・?湊君が?」

先輩の顔に不安がよぎる。

「はい。もちろん、先輩とですよ?」

今度は先輩の顔に驚きと喜びがよぎる。
呆れたような表情も少し混じってるけど、気にしないことにしよう。

「な、何言ってるのよ・・・」
「えー?ダメですか?もう会社に言っちゃったんですけど」
「そ、そ、そんな・・・」
「いいですよね?さっき言った俺の夢の実現に協力してください」

先輩を抱き寄せて、強引に言う。
そうしないと、怖い。
断られるのが。

だけど、先輩はクスクスと笑った。

「湊君、相変わらずよね。真っ直ぐっていうか、素直っていうか、強引っていうか」
「先輩。ちゃんと答えてください。いい、ですよね・・・?」

不安で最後の方は声が小さくなる。

俺の胸の中で先輩の頭がかすかに縦に振れた。
横じゃなくて、縦に。


この2年間、頭のどこかでずっと感じていた不安が、一気に融ける。


ああ・・・よかった。
先輩の気持ちは変わってなかったんだ・・・

俺はもう一度先輩を強く抱きしめた。

多分先輩はしばらく泣いていた、と思う。
確信がもてないのは、俺もちょっと泣いてて先輩を見る余裕がなかったからだ。

ほんのちょっとだけどな。






「ねえ、湊君が働く会社って、春美ちゃんの旦那様のところよね?」

もう一度抱き合った後、
ようやく息が整った先輩が聞いてきた。

「はい。ジュークスです」
「凄いね。ジュークスに入社できるなんて!大学にも行くんでしょ?」
「会社の教育プログラムなんです。高卒で採用して、仕事と平行して大学にも通わせるっていう」

先輩が憧れていたMBAも取ることになるだろう。
というか、そのための教育プログラムだ。

でも、先輩にそうとはなんとなく言えない。
MBAは元はと言えば先輩の夢だった。
先輩は俺の子供を妊娠したが為にそれを諦めたのに、俺が成り行きでMBAを取るなんて・・・
なんだか申し訳ない。

さりげなく話題の方向を変える。

「給料ももらえるし、大学の費用も出してもらえるから助かります」
「すごい・・・さすがジュークスね。でも、何より湊君が期待されてる証拠ね」
「でも、こいつは使えないって思われたらバッサリとクビですよ。
こっちは実力主義だから、そういうところは容赦ありません」

正直、かなり競争率の高い採用試験だった。
俺が合格できたのは、運と海光学園からの交換留学生という肩書き、それと2年間の努力の結果だ。

だけどやっぱりそれも、自慢しているようで先輩には言い辛い。
本当なら、先輩こそジュークスに入社すべき人間なのに。

「そっか、頑張ってね・・・でも、」
「でも?」

先輩が心配そうに言った。

「春美ちゃんから聞いたんだけど・・・湊君、春美ちゃんの旦那様と・・・あんまり仲が良くないって。
春美ちゃん、心配してたよ?」

俺は苦笑いした。
「あんまり仲が良くない」か。
そういう感じとはちょっと違うんだよな。

「そうですね。でも心配いりませんよ。俺、仕事はちゃんとやります。
それに、向こうは俺のこと買ってくれてるんです。俺が一方的に嫌ってるだけです」

先輩が目を丸くする。

「そうなの?そう・・・でもちょっと意外。湊君て、誰とでも仲良くできると思ってたから」
「うーん、春美さんの旦那さんは・・・少し違って・・・
いい人ですよ。かっこいいし、紳士的だし、優しいし、何より凄く仕事ができるんです」
「え?じゃあ、どうして嫌いなの?」
「それは、その・・・まあ・・・」

俺は口ごもった。
例え先輩にでも、俺が勝手に言っていいものか分からない。
それに言えば、先輩も春美さんのことを心配するだろう。

「・・・まあ、春美さんの結婚相手ですからね。ちょっと面白くないだけですよ」

嘘じゃない。
俺は春美さんには幸せになってもらいたい。
春美さんが幸せになれるなら、何も文句はない。
でも、あいつには春美さんを幸せにできないと思う。
だから、面白くないんだ。

だけど、俺の言葉を聞いた先輩は噴き出した。

「あはは。春美ちゃんを取られるのが嫌なんだ?」
「そうですねー。妹を嫁にやる気分です」
「妹?姉じゃなくて?」
「妹です」

ここはキッパリ言い切る。
この2年間、どれだけ俺が春美さんのお世話をしてきたことか。

・・・そうか。
月島もこういう気分だったのかもしれない。

「そういえば、月島は元気ですか?」
「うん。あ、ううん」
「へ?」
「ちょっと色々あってね。最近落ち込み気味なの」

色々?

「一番大きなのは、失恋ね」
「し、失恋!?月島が!?」

ざまーみろ!!!

じゃ、なくて。

月島は、内面はともかく見てくれだけはいいからな。
その月島を振るとは、よっぽど人を見る目がある女性に違いない。

「オメデトウ、ってメールしときます」
「もう、やめてあげてよ・・・それに、メールじゃなくて、直接慰めてあげて。
月島君も来てるから」
「・・・え。月島がここに?」
「うん。今、パーティ会場に・・・」

何故か、そう言いながら青くなる先輩。

「あ!忘れてた!!」
「パーティですか?大丈夫ですよ、まだまだ終わりませんから」

それに、実は前もって春美さんから、
『亜希子さん、湊君と再会したら私の結婚式どころじゃないよね、きっと。
まあ、しけこんでもいいけど一目くらいは私の花嫁姿見てくださいって伝えといて』
と言われていたりする。

しけこむ、って・・・いや、実際そうなりましたが。

だけど、先輩が青くなった理由はそれではないようだ。

「違うの!子供を月島君に預けっぱなしなの!ああ、どうしよう!もう1時間以上経つ!」
「・・・子供?先輩の?」

つまり、俺の?

「うん!」

先輩が慌ててベッドの下に散らばった服を拾い上げる。
が、それより早く俺は服を大急ぎで着た。

月島に子供を預けるなんて!!
性教育に悪すぎる!!!!
(自分が今までナニをしていたかはさて置き)


子供との初めての対面がどう、とか、
「父親」と名乗っていいものか、とか、
考えるのも忘れて、俺は靴をはくと部屋を飛び出そうとした。

「っと、先輩!先輩は後でゆっくり来て下さい!子供は俺が保護しときます!」
「ほ、保護?」
「じゃあ、後で!」

俺は再び勢い良く飛び出そうとして、もう一度立ち止まった。

「あ、そうだ。先輩、子供って・・・男の子ですか?女の子ですか?」

俺ってそんなことも知らないんだな、と今更自分に呆れる。
こんなんで父親になれるんだろうか。

「男の子よ」

男の子・・・
男の子かあ・・・
へへへ、俺に似てたりするのかなあ・・・

自分に父親の資格があるのかなんて疑問は勝手にどこかへ飛んで行き、
思わずヘラヘラしてしまう。

「名前はなんて言うんですか?」

すると先輩は、少し照れたように言った。

「かなで」
「かなで?」

先輩が頷きながら「女の子みたいな名前なんだけどね」と付け加える。

かなでって言うの」
 
 
 
  
 
 
 
 
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