第4部 第5話
 
 
 
「こえ」

奏が小さなプニプニした指で、会場のテーブルに並べられた立食形式の食べ物を指差す。

「これ?このハンバーグが食べたいのか?」

ところが、俺がハンバーグを皿に取ってやっても奏は首を振るばかり。
・・・?
何が言いたいんだ?

「湊さん。奏は俺と一緒にもう食べたから腹いっぱいですよ。
そのハンバーグは多分、奏が自分が食べておいしかったから、
パパにも食べさせてあげようと思ったんじゃないですか?」
「・・・」

子供ってなんて可愛いんだろう。

その後も、俺はあまり腹は減ってなかったけど、
奏が俺に食べさせてくれようとするものを片っ端から食べたので、
いい加減腹が張ってきた。

「ふう、奏、ありがと。ちょっと休憩」
「きゅーけー」
「うん。休憩」

俺は、奏と月島と3人で、会場の隅のベンチに腰かけた。
遠くの方では、先輩とウエディングドレス姿の春美さんがまだ手を取り合ってニコニコと話している。

春美さん、綺麗だなあ。
元々が美人から、ウエディングドレスが余計に映える。

でも、その春美さんの隣のアメリカ人を見て、俺は春美さんから視線を外した。

「坂上先輩の旦那さんと、上手くいってないらしいですね」
「・・・聞いたのかよ」
「詳しくは聞いてませんけど。湊さんと旦那さんがそんなんじゃ、坂上先輩がかわいそうですよ」
「・・・」
「さっき坂上先輩に通訳してもらって少し話しましたけど、いい人じゃないですか。
外面がいいのは湊さんの唯一の長所なのに、今こそそれを発揮しないと」

あのな。

・・・でもまあ、月島になら話してもいいだろう。

俺は、奏の頭の上から月島に耳打ちした。
奏が聞いたところで理解はできないだろうが、
なんとなくそうしてしまう。

「実はさ、あの人、」
「・・・え?」

月島が目を見開いて固まる。

「それ、本当ですか?」
「ああ」
「坂上先輩は知ってるんですか?」
「もちろん」
「小倉先輩は?」
「知らないみたいだな」
「・・・」

さすがに月島も煮え切らないような表情になった。

「坂上先輩、どうして結婚しようと思ったんでしょうか?」
「春美さんはあいつがどういう奴であれ、あいつに惚れてるんだよ」
「・・・そうなんですか」

俺だって、あいつが春美さんの結婚相手じゃなきゃ、どういう奴でも構わない。
嫌うこともなかっただろう。

いや、今も「嫌う」というのとは少し違う。
ただ、春美さんの結婚相手として認められないだけだ。


月島はしばらく先輩と春美さんが話しているのを眺めて黙っていたが、
急に「でも」と言い出した。

「春美さん、小倉先輩と同じ表情してますね」
「え?」
「湊さんと再会した小倉先輩と同じ表情です。湊さんから見て、今の小倉先輩はどう見えますか?」

・・・そりゃあ・・・俺と再会できて凄く嬉しい、だろ?
結婚できることになって幸せ、だろ?

違ったら悲しいぞ。

「俺としては、小倉先輩みたいな素敵な人が湊さんなんかと寄りを戻すのは、
どちらかと言えば『残念』な部類に入りますけど。小倉先輩はそうじゃないみたいですね」
「・・・」
「ちゃんと坂上先輩にお祝い言ってあげてくださいよ。
坂上先輩は湊さんの妹みたいなもんでしょ?」
「わかってんじゃねーか」
「湊さんが俺の弟みたいなもん、っていうのと同じです」

やっぱりそんな風に思ってやがったか。


先輩が春美さんに手を振り、こっちに戻ってきた。

「・・・月島。奏をちょっと見ててくれよな」
「はい」

月島が笑顔で請合う。

俺はベンチから立ち上がり、先輩に向かって歩き始めた。
そして先輩とすれ違い、そのまま春美さんとあいつのいるところへと向かって行った。








「月島。気を利かせて席かわれ」
「湊さん。指定はちゃんと守らないとダメですよ」

先輩と奏と月島の帰国の日。
俺も同じ便で日本へ行くことにした。
入籍は日本でしかできないし、色々とすることがある。
はっきり言うと「色々」のうち9割を占めるのは、先輩の親への挨拶だ。
一波乱も二波乱もあるだろう・・・。

それはとにかく。
あらかじめチケットを用意していた先輩と月島は隣同士の席だけど(奏は先輩の膝の上だ)、
急遽チケットを取った俺は、当然先輩たちとは遠く離れた席。

こういう場合、普通、月島が俺と席をかわるよな?

「何言ってるんですか!
俺と小倉先輩は、坂上先輩の旦那さんが用意してくれたファーストクラスなんですよ?
なんでわざわざエコノミーの湊さんとかわらないといけないんですか!」

むむ。
説得力はあるが、認めたくない!

「湊君。私、これから湊君とはずっと一緒にいれるけど、月島君とは会えなくなっちゃうし・・・
今回はこのままの席でいいじゃない?」

・・・。
先輩にそう言われると、俺も「そうですね」と言わざるを得ない。
まあ確かに、これからはずっと一緒な訳だし?
うんうん。

「そうだ、湊さん。代わりに奏を湊さんにあげます。親子の親睦を深めてください」
「・・・お前。自分がゆっくりしたいだけだろ」
「そんなことないですよー」

とぼけやがって。

でも・・・そうだ!

「ま、わかったよ。奏は俺が預かる。奏、パパと一緒に座ろうぜ。エコノミーだから狭いけど」
「うん!」

・・・かわいい・・・


先輩たちが滞在していた4日間。
俺は毎日奏と遊んだ。
学校は卒業したし、仕事が始まるのは4月からだ。
今なら時間はいくらでもある。
俺ってラッキー・・・という訳ではない。

専務が、つまり春美さんの旦那が、
俺と先輩が寄りを戻すのを見越して、敢えて俺が暇なこの時期に、
結婚式をもってきてくれたようなのだ。
ほんと食えない奴だ、
と言ったら、先輩に怒られた。

とにかくそう言うわけで、
俺はこの4日間ですっかり奏と打ち解けた。
今も俺の膝の上で、座席に置いてある機内販売品のパンフレットを俺に渡して、
「えほん、よんで!」とか言ってる。
商品の写真と説明と値段しか書いていないパンフレットをどう読むか苦心したが、
奏のかわいさに免じて許そう。

それに!俺には野望がある!
見てろ月島!!!


で、十数時間後、
成田空港にて。

「うるちゃい。だまれ、ちゅきちま」
「・・・湊さん・・・」
「いやー、やっぱいいな!日本は!」

月島が人を殺しかねない視線で俺を見る。

「奏に何を教えたんですか!?」
「すごいだろ?2歳になったばかりの子供にここまで仕込むのは大変だったんだぞ?」
「・・・」
「奏。これからは月島に何か言われたら『うるさい。黙れ、月島』って言うんだぞ?」
「うん!うるちゃい。だまれ、ちゅきちま」

満面の笑みで、およそ2歳児らしくない台詞を吐く奏。

「そうそう。上手だぞ、奏!もう1回言ってみろ」
「うるちゃい。だまれ、ちゅきちま」
「上手い、上手い」
「湊さん!!」
「湊君!!」


後日談だが、「うるちゃい。だまれ、ちゅきちま」はこの後1年くらい、
奏の「マイブーム」になったのだった。

月島にちょっと悪いことしたかなー?

ま、いーや。

  
 
 
 
 
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