第4部 最終話
 
 
 
先輩のお父さんが息子を欲しがっていたように、
俺の母さんも娘が欲しかったのだろうか。

修羅場が終わると母さんは、
嬉しそうにいそいそと、
「亜希子さんと奏君は、泊まっていくのよね?」とか、
「亜希子さんと奏君は、お夕食何がいい?」とか、
何かにつけて枕詞が「亜希子さんと奏君」だ。

俺のことは眼中にないらしい。


そして、母さんと「亜希子さん」が一緒に作った夕飯を食べながら、
(母さん1人で用意できるくせに、一緒に料理するのが嬉しいらしく、先輩に手伝わせた・・・)
改めてこの2年間、先輩と奏がどんな生活を送っていたのかを聞いた。

「じゃあ、先輩は病院で働いてるんですか?」
「うん。医療事務の資格を取ったの。私が出産した病院でちょうど受付を募集してたから、
今はそこで働いてる」
「・・・」

あの小倉先輩が、病院の受付。

医療事務の資格は難しいと聞くし、
普通のバイトやパートより、遥かに給料はいいだろう。

でも、海光でずっとトップで、
アメリカに留学してMBAを取ると言っていた先輩が・・・

いや、こうだから俺はダメなんだよな。
先輩は今、とても充実した毎日を送っているようだ。
それは先輩を、そして奏を見ればよく分かる。

2人とも幸せそうだ。

どんな過去があれ、大切なのは今だ。
今、幸せであることが一番なんだ。

・・・そういう意味では、
春美さんと専務はやっぱり今、幸せなんだろう。
過去は関係ない。


そんな風に思えるようになったからなのか、
俺も、この2年間どう過ごしていたのかとか、
ジュークスで働き始めたらMBAを目指すことになるだろうなんてことを、
わだかまりなく先輩に話せた。

先輩は、俺の話をまるで自分のことのように喜んで聞いてくれた。

多分、俺が変わったように先輩も変わったんだと思う。
でも、俺はまだまだ変わらなきゃいけない。
先輩と奏と、そして俺自身も幸せになるために。


食事が一段落したところで、母さんがお茶を飲みながらホッとため息をついた。

「でもよかったわ。
湊がこのまま亜希子さんをほうっておくようなことにならなくて」
「そんなことしないって。2年前にちゃんと約束したんだから」
「あんただったらそんな約束、平気で破りそうだもの」

・・・どうやら母さんの中での俺の株は急落したらしい。
でも、どん底まで落ちた訳じゃなさそうだ。
その理由は・・・

「それに!こんなかわいい孫が急にできるなんて!」

母さんは奏に頬ずりした。
奏は若干迷惑そうだ。

「ああ、本当にかわいい!湊の遺伝子も捨てたもんじゃないわね!」

・・・まあ、なんであれ喜んでくれるのはいいことだ、うん。

「それにこんないいお嫁さんが来てくれるなんて・・・
湊があのまま詩織ちゃんと結婚したらどうしようかと思ったわ」
「は?」
「詩織ちゃんもいい子だけどね。従兄妹同士じゃない?やっぱりちょっと世界が狭いって言うか。
たくさん恋愛した結果、やっぱり詩織ちゃんがいいって言うならいいけど、
最初が従兄妹でそのまま結婚っていうのも、ねえ?」
「・・・」

壁に耳あり、障子に目あり。
親の目は誤魔化せないらしい。

俺は母さんも先輩も見れず、ひたすらお茶をすすった・・・



翌日、詩織の家にも先輩と奏の紹介へ行ったが、
幸いなことに詩織にも彼氏ができたらしく、特にもめることはなかった。

ただ帰り際、詩織がわざと「あのピアス、捨てないでね」と言ったので、
先輩に「あー・・・彼女が例の」という目で見られた。

小倉家訪問は何の問題もなかったのに、
なんで自分の地元でこんなに冷や汗ばかりかかないといけないのか。

もっとも母さんに言わせれば「身から出た錆、でしょ」とのこと。
ごもっともである。
日本語って便利だなあ。


そして助かったことに、もとい、残念なことに、ここでタイムアップとなり、
俺はアメリカへ戻ることになった。
さすがにしょっぱなから会社は休めない。

指輪も感動もなく、バタバタと地元の市役所に婚姻届けを出し、
俺はそのまま中部国際空港からアメリカへと発った。

でも、これでいいんだよな、きっと。
婚姻届けなんて、始まりの合図に過ぎない。
俺と先輩と奏が本当の家族になれるかどうかは、これからの俺たちにかかっている。


そう、これからなんだ、俺たちは。










俺は目を凝らして、到着ロビーの電光掲示板を見つめた。
目当ての飛行機の表示が「Arrived」になる。
・・・着陸したんだ。

もうすぐ、先輩と奏がここに、俺の元へやって来る。

そう思うだけで、胸が躍った。

この3ヶ月強は、物凄く長かった。
高校時代の2年間より長かった。

先輩と奏がアメリカに引っ越してくる日を指折り数えていたのだから。

そして明後日、俺と先輩は結婚式を挙げる。
もちろん春美さん達のような豪華な式じゃない。
俺の両親と先輩のご両親と奏、それ以外に招待客は3人だけ、というささやかな式だ。

でも、俺たちにはそれでじゅうぶんだ。

招待客の1人は月島。
先輩と奏がどうしてもと言うので招待したけど、
「二度手間です!なんで坂上先輩の時に一緒にやらなかったんですか!」と散々文句を言われた。
でも、先輩のお父さん同様、月島も奏と別れるのは寂しいのか、
海光が夏休みに入ってからしょっちゅう奏と遊んでくれているらしい。

後の2人は坂上先輩と専務だ。
・・・一応な。
・・・上司だし。


俺には大学入試が控えている。
日本ほど難しくないとは言え、真面目に勉強しないととてもじゃないけど受からないから、
必死で勉強してきた。
仕事も本格的に始まり、忙しい毎日を送っている。

でも、先輩は俺以上に大変だったと思う。
日本で1人、両家の顔合わせをセッティングしたり、
渡米の準備をしたりしてくれた。

「渡米の準備」も、ただの引越しの準備という訳ではない。
もちろんそれもあるけど、
勤め先を辞める為の仕事の引継ぎや、
奏の保育園の退園手続きもある。
加えて、こっちでの結婚式の準備も日本の代理店を通じて先輩がしてくれた。

さすがにそれは俺がこっちでやると言ったけど、
「湊君には勉強とジュークスの仕事があるでしょ?渡米準備は私の仕事なんだから取らないで」、
と言われ、ありがたく先輩に任せることにした。

お互い無理はしない。
できる方ができる事をやればいい。
いつか先輩が大変な時は、俺が力になろう。

夫婦なんだから。



最終ゲートのずっと奥から、見慣れた3人がやって来るのが見えた。
3人も俺に気付いたのか「あっ」という表情になる。

俺がわざと、
「あ、そっか。親達は明日の便だけど、月島は先輩と奏と一緒なんだっけ?忘れてた」
という表情をしてやると、月島は「ふんっ」といった感じで、
奏の両脇を持ち、高く持ち上げた。

先輩と奏が、笑顔で俺に手を振る。
俺も思い切り大きく手を振り返す。

ふと、俺と先輩達の間の人の波が途絶えた。

月島が奏を床に置く。
奏は一直線に走って俺の腕の中に飛び込んで来た。


全ての時間を飛び越えて。





――― 「I wanna be…」 完 ―――
 
 
 
  
 
 
 
 
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