第1部 第4話
 
 
 
「ただいま・・・おはようございます・・・」

日曜の朝、というか昼前。
春美ちゃんはいつも通り、ちょっと申し訳なさそうに寮の部屋へ帰ってきた。
私は読んでいた本から顔を上げ、思わず笑ってしまう。

「別に悪いことしてるんじゃないんだから、そんなコソコソしなくていいのに」

私がそう言うと、春美ちゃんはホッとしたように「そうですよね」と言った。

「でもやっぱり、ちょっと罪悪感があります」
「罪悪感?誰に対して?」
「うーん。親、かな」
「ああ、なるほどね」

確かに、親に対しては少し罪悪感を感じることかもしれない。


海光の生徒はみんな勉強第一とは言えやっぱり人間で、誰かを好きになることもある。
だから、可愛くて性格もいい春美ちゃんは当然モテモテで・・・

でも、春美ちゃんは海光の生徒には興味ないらしい。
去年から付き合っている彼氏は、春美ちゃんがバイトしていたファーストフード店に来たお客さん。
春美ちゃんより7つも上の社会人だけど、春美ちゃんに一目惚れしたらしい。

春美ちゃん曰く、
「私が海光の生徒っていうだけで、男の人はみんな引いちゃうんですけど、
彼だけは『だから?』って感じで私を普通の高校生として扱ってくれるんです」
とのこと。

私は会ったことはないけれど、春美ちゃんの携帯の写真で見る限り、
とてもかっこよくて優しそうな人だ。

春美ちゃんは、毎週土曜の夜にその彼氏の家へ泊まりに行き、
こうして日曜の昼前に寮に帰ってくる。
土曜の授業は午前中だけだし、日曜は丸一日休みなのだから、
土曜の昼から日曜の夜までずっと彼と過ごしたっていいのに、
そこは春美ちゃんが海光の生徒たる所以ゆえんで、
きちんと勉強時間を確保したいらしい。

それに。
海光は全寮制と言えども、外泊も自由だ。
実家に帰りたければ帰ればいいし、
恋人とホテルに泊まりたければ泊まればいい。

ただしこれも、海光の風紀と評判を損なわない範囲で、である。

誰とどこで何泊することまでがその範囲内なのか、はっきりした基準はない。
だから生徒達は自分で考え、「ここまでならいいだろう」と自分で線引きをする。

春美ちゃんは、そして私も、
「土曜の夜に、1人暮らししている彼氏の家に1泊する」のは、範囲内だと思っている。

だけど、春美ちゃんが言う通り、親に対して罪悪感が生まれるのは仕方のないことだ。
女の子なら誰もが通る道だと思う。

でも、私は通らない。

春美ちゃんや他の生徒の恋愛に理解はあるけど、
自分自身がそうしようとは思わない。
我慢してるんじゃなくて、そうしたいと思わない。


「あ。彼がまた、亜希子さんに会ってみたい、って言ってました」

春美ちゃんが、春物のコートを脱ぎながら言う。

「また?付き合い始めた頃から言ってるよね」
「ふふ、そうなんです。彼、亜希子さんのことが大好きみたいで」

屈託のない笑顔の春美ちゃん。
彼に愛されている自信があるからこそ、だろう。

「そうねー。そろそろ会ってやってもいいかなー」
「あはは、じゃあ今度セッティングするから会ってください」
「・・・なんかお見合いみたいね。どうして私が春美ちゃんの彼とお見合いしないといけないのよ」
「あはは」

春美ちゃんが笑った拍子に、
柔らかそうな髪がフワフワと揺れる。

その時、春美ちゃんの首筋にふと目が行った。

「春美ちゃん」
「はい?」
「・・・」

私は無言で自分の首筋に手を持っていった。
春美ちゃんは首をかしげ、それからハッとしたように、慌てて鏡を見た。

その首筋には紅いアザがついている。

「!!ああ・・・どうしよう・・・彼ってば・・・」

そのアザがわからなくなるくらい、春美ちゃんが真っ赤になる。

「ふふふ、その位置じゃあ、制服じゃ隠せないね」
「もう・・・」

春美ちゃんは鏡を見ながらアザを擦った。
でももちろん、それでアザが取れるはずもなく。
むしろ、余計に紅くなりそうだ。

「明日までに消えませんよね?はあ、絆創膏貼っとこう」
「余計目立つんじゃない?」
「ううう、そうですか?どうしましょう?」
「春美ちゃんに年上の彼氏がいることくらい、みんな知ってるんでしょ?ほっとけばいいじゃない」
「亜希子さん、冷たい・・・他人事だと思って・・・」
「ふふ、じゃあコンシーラーでも塗っとけば?」
「あ、そっか!ありがとうございます!」
「はいはい」

春美ちゃんは早速「試してみよう!」とメイクポーチを漁り始めた。


春美ちゃんとのこういう会話は楽しい。

私は彼氏も好きな人もいないし、ましてやキスマークが身体につくこともない。
コンシーラーなんて化粧品も持っていない。
でも、そういうモノを全て持っている春美ちゃんと一緒にいることで、
まるで自分もそういうモノを持っているような気分を味わえる。

だけどそれは幻想だから、実際に喧嘩や失恋といったトラブルに巻き込まれることもない。


一番安全で楽な恋愛体験。


私はそれで充分だ。

 
 
 
  
 
 
 
 
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