第1部 第8話
 
 
 
強すぎる刺激は毒だ。

結局私はロクに眠れないまま、土曜の朝を迎えた。
そして、ボーっとしていたせいか、バレーボールの試合のことを思い出したのは、
約束の時間の10分前、授業とお昼ご飯を終えて寮に戻った時だった。

あ。春美ちゃんを誘うの忘れてた。

春美ちゃんは部屋には・・・いない。
まだ学校か、それともどこかに出掛けたのかな。
しまったなあ。

もちろん、同じクラスにも友達はいるけど・・・
みんな受験生で忙しい身だ。
勉強以外のことに誘うのは申し訳ない。

私は1人で体育館に行くことにした。



「あ!先輩!見に来てくれたんですか!?」

相変わらず元気で明るい湊君が、
子犬のように私の所へ飛んできた。

Tシャツにハーフパンツといういでたちの湊君は、
中学生にしか見えない。

「うん。1人だけど、よかった?」

湊君はニコニコと「もちろんですよー」と言いながら、
手の中のバレーボールをポンポンと叩いた。

「他にもギャラリー、いますし」
「あ、ほんとだ」

よく見てみると、ううん、よく見なくても、
結構沢山の生徒が見学に来ている。
その大半は女の子。
海光の生徒でも、こういうミーハーな子も多い。

「先輩も、今日はその1人ですよ」
「あ、そうね。やだなあ」
「なんでですか・・・あ、始まった」

見ると、中学2年生と高校2年生の試合がコートで始まっている。
辺りに大きな応援の声と黄色い歓声が飛ぶ。
そしてそれよりも大きく、ボールをアタックする音が響く。

「す、すごい迫力ね」
「でしょ?」

私はあっけにとられてその光景を眺めた。

高校生チームは背が高いし経験があるから優位に思えるけど、
何しろ久しぶりの試合とあって、俊敏性に欠ける。
一方の中学生チームは、小柄だしまだまだ荒い感じはするけど、
とにかくノリと勢いと体力で勝負してる感じだ。

「ルールはよくわからないけど、アタックが決まるのを見るのは面白いね」
「せんぱーい。アタック見るだけじゃなくて、
次の試合はちゃんと、俺のチーム応援してくださいよ?」
「はいはい」
「月島ばっか見てちゃダメですよ?」
「ええ?あはは」
「あ、ちょっと待っててください」

湊君はそう言うと、急いで体育館の奥へ走って行き、
そこに集まっている中学1年生らしきチームに声をかけた。
そしてその中から、1人の男子生徒を引っ張ってくる。

月島君だ。

私は何故か、姿勢を正した。

「先輩。お約束の品です」

品って。

「湊さん、なんですかそれ」

月島君が涼しげな瞳で湊君を睨む。

「こっちの話だよ。月島、この人が、」
「知ってます。高等部3年の小倉亜希子さん、ですよね」
「・・・なんで知ってるんだよ」
「湊さんと違って優秀な人だって有名ですから」
「あのな・・・」

見た目によらず面白い子らしい。

月島君は、湊君から目を離すと、
思わず見とれてしまうような爽やかな笑顔で、私にお辞儀した。

「はじめまして。中等部1年の月島です」
「は、はじめまして。小倉です」
「小倉先輩とお話できるなんて、光栄です」
「こちらこそ」

なんて卒のない子だろう。



他の生徒に呼ばれた湊君が、
「月島。先輩を口説くなよ」と訳の分からない忠告を残して去ったあと、
私と月島君は体育館の壁にもたれて話をした。

それにしても月島君、本当にかっこいい。
中学1年生とは思えない。
それに、入学式の時より背が伸びた気がする。
今は私と変わらないくらいだ。

この年頃の男の子の成長には、目を見張るものがある。

さて、何から話そう。

「学校はどう?寮生活、慣れた?」
「はい。おかげさまで楽しいです。若干一名、手のかかる奴はいますけど」

み、湊君のことだろうか。

「・・・そう、よかった。変わった学校だから、馴染めない子は馴染めないものね」
「そうかもしれませんね」
「あ、そう言えば、入学式の時の挨拶。凄くよかったわよ」

心から褒めたつもりだったのに、
みるみるうちに月島君の表情が曇る。

「その話、しないでください」
「え?」
「あれ、冷や汗物だったんですから」

ちょっとムスッとする月島君。
とたんに子供っぽくなる。

「そうなの?」
「はい。あの挨拶、紙を見ながら言ってましたけど、
実は紙に書いてあったのとは全然違うことを言ってたんです」
「へ?」
「僕、本当は海光を受験するつもりなんてなかったんです。
というか、中学受験しようなんて、考えてなかったんです」
「え?ええ?そうなの!?じゃあ、受験勉強してなかったの?」

月島君は当たり前のように「はい」と言った。

「小学校の時、クラスメイトがここを受験するって言ってるのを聞いて、
面白そうだなと思って受けてみたんです」
「・・・面白そう?」
「はい。論文とかグループ討議とか。ちょっとやってみたくって」
「・・・」
「そしたらなんか、合格しちゃって。しかも新入生代表の挨拶まで任されて困ってたんです」
「・・・」
「でも、受験勉強もしてない僕が偉そうな挨拶するのも変だなと思って、
『勉強も運動も頑張りたいと思います』みたいな簡単な挨拶を考えて、
あの紙に書いてあったんです。でも、いざ入学式に来てみたら、なんか物凄い雰囲気で・・・」

そりゃそうだ。
海光入学に全てをかけてる家庭だってあるんだから。
うちもそうだった。

「慌てて壇上で、それらしい挨拶を適当に考えて言ってただけなんです。
僕、変なこと言ってませんでしたか?」
「・・・」

これだから天才は嫌いだ。
 
 
 
  
 
 
 
 
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