第1部 第1話  
 
 
 「まい、早くしろよ!入学式に遅れるぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」

一階から聞こえてきたお兄ちゃんの声に、
私は部屋の中から叫んで答える。


今日は、高校の入学式。

初めて高校に行く日なのよ?
きちっとした格好したいじゃない?


私は鏡の中の自分を見る。

紺のブレザーに、白いブラウス、それと深い紅のネクタイ。
私立朝日ヶ丘高校の制服だ。
友達には「私立のくせに地味ね」って言われたけど、私はこのシンプルな制服が好きだ。
シンプルだからこそ、きちっと着れば綺麗だし、
私は背が高くて細いから(胸もないけど)、
チェックとか刺繍のある凝った制服より、こういう制服の方が似合うと思う。


それに、この制服にはずっと憧れていた。


家から東京の端っこにある朝日ヶ丘高校までは電車で1時間以上かかる。
でも、わざわざそんな遠くの、しかもレベルの高い朝日ヶ丘を受験したいと言った私に、
両親は反対しなかった。
だって、お兄ちゃんもそこの卒業生で、ちゃんと第1志望の大学に合格したから。
だけど私が朝日ヶ丘を選んだ理由はそれだけじゃない。



ドンドン!

部屋の扉が荒々しく叩かれる。
この叩き方はお兄ちゃんだ。

「舞!父さんも母さんももう外で待ってるぞ!」
「はーい」

よし!そろそろ行くか!

でも、部屋から出てきた私を見て、お兄ちゃんは顔をしかめた。

「・・・何そんなにめかし込んでるんだよ」
「どこが?」

制服は着崩したりしてないし、靴下だってちゃんと校則通りよ?
ピアスはもちろん、アクセだって一つもつけてないし。

「髪」
「・・・髪?」

バレたか。
実は昨日、ちょっとだけ染めてみた。
校則では禁止されているけど、「地毛です」と言い張れる程度だ。

「綺麗でしょ?本当は巻きたいとこだけど、初日からそれはやめとくわ」

そういう訳で、今日はツヤツヤのストレートだ。
お陰で髪は背中の真ん中くらいまである。

「初日だけじゃなくて、ずっとやめとけ」

お兄ちゃんはため息をついた。

何よ、何よ。
お兄ちゃんだって、派手系の女の人、好きなくせに。

ま、それは見た目だけの話みたいだけど。





私とお父さん、お母さん、それに久々に高校に行ってみたいと言うお兄ちゃんは、
揃って電車に乗り込んだ。
今日は入学式だけだから、遅めの時間の電車なのに結構混んでる。

しょう。舞の鞄、持ってあげなさい」
「なんで俺が・・・」

お兄ちゃんはブツクサ言いながらも私の鞄を持ってくれる。
どうせ持つなら、文句言わなきゃいいのに。

「・・・舞。何笑ってるんだよ」
「お兄ちゃんって彼女といる時もこんな感じなのかなー、と思って」
「うるさい!」

あはは。彼女のこととなると、お兄ちゃんって弱いんだから。



私より8個も上の、もうすぐ24歳になるお兄ちゃんは、
見た目だけじゃなくって、頭もいいし、運動もできる。
口は悪いけど、結構優しかったりもする。

妹の私から見ても、まさに「少女漫画に出てくる男の子」って感じだ。

凄くモテるけど、付き合ってる女の子を家に連れて来ることなんて、一度もなかった。
ところが、高校1年の終わり頃、お兄ちゃんは突然家に「彼女」を連れてきた。

その人は、今までお兄ちゃんが付き合ったどの女の人とも違うタイプの人だった。

お世辞にも「綺麗」とか「かわいい」ってタイプじゃない。
敢えて褒めるなら・・・「愛嬌がある」かな。
とにかくちっちゃくて地味な感じの女の人。

でも、どう見てもお兄ちゃんの方が惚れ込んでいる。
彼女はそんなお兄ちゃんを、穏やかに見守っている感じだった。

初めは驚いたけど、
今ではすっかり、私だけではなくお父さんもお母さんも、「彼女派」だ。

そんな彼女が着ていた、朝日ヶ丘の制服。
私はずっと、それに憧れていた。

そして、ついに着れる日が来たんだ!


「舞、吊革持ってろよ。お前すぐに転ぶんだから」
「失礼ね。私、もう高校生よ。そんなしょっちゅう転ぶもんですか」

「もう」って言っても、今日からだけど。

「よく言うよ。ちょっと前までしょっちゅう転んで、パンツ丸出しで泣いてたくせに」
「い、いつの話してるのよ!そんなの小学生の時でしょ!?」
「小学6年生でもまだパンツ出してただろ。ワカメちゃん」
「・・・」

もう!これだから、お兄ちゃんは!!
そんなことじゃ、彼女に振られちゃうわよ!!


その時、カーブにさしかかった電車が大きく揺れた。

キャッ!
なんて、かわいい声を上げる間もなく・・・


私は床にひっくり返った。
しかもパンツ丸出し。


頭の上から、お兄ちゃんの盛大なため息が振ってきた・・・



 
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