第1部 第14話
 
 
 
怪しいことは百も承知だけど、2人の後を追わずにはいられない。

私とお兄ちゃんは適当な切符を買って、
ヒナちゃん達が乗った電車の隅っこに乗り込んだ。
降りる時に清算しなきゃ。

ヒナちゃんと男の人は、確かに親しげではあるけど、ラブラブって雰囲気でもない。
ただの友達とも取れる。
だけど、お兄ちゃんが言ってた通り、そもそもヒナちゃんが男の人と親しいってこと自体が珍しい。
私が知ってる範囲だと、ヒナちゃんが気兼ねなく話せる男の人は、
お兄ちゃんと、お兄ちゃんの友達の溝口さんって人と遠藤さんって人くらいだ。

ヒナちゃんは、大学でもパッチワーク同好会という一般男性とはおよそ縁の無い同好会に入っていたし、
勤め先は保育園と、これまた男の人と知り合う機会が激しく少ない職場だ。

そんなヒナちゃんが、楽しそうに男の人と2人で電車に乗っている。

このシチュエーションだけでも、お兄ちゃんが心配するのは仕方ないことかもしれない。


私は男の人を観察した。
第一印象は「若いイケメン」だったけど、
よくよく見てみると、平均は遥かに超えているものの、
顔は「お兄ちゃんと比べてもかっこいい!」と言う程でもない。

だけど、全体的に凄く雰囲気のいい人だ。
それで私もパッと見て「イケメンだ」と思った。

そういえば、「イケメン」って「イケてるメンズ」の略だよね?
じゃあ、顔がイケてるだけじゃなくて、中身もイケてないと「イケメン」とは言えない。
そう言う意味では、この男の人は、凄いイケメンだ。

若いのに堂々としてて、でも威張ってるって感じじゃない。
落ち着いているって感じだ。
穏やかな笑顔を絶やさず、ヒナちゃんを退屈させていない。
細かい気配りも忘れず、ヒナちゃんを先に電車に乗せてあげたり、席を探してあげたり。

フェミニストと言ってしまえばそれまでだけど、この男の人は、
女性に対してだけではなく、男性に対しても同じようにするんじゃないかな。


こんな男の人なら・・・ヒナちゃんの心も揺れるかもしれない。


お兄ちゃんもそれを感じているのか、硬い表情のまま2人を見ていた。

お兄ちゃんは、顔はとにかくかっこいいし、人当たりもいい。
ただ、周りにちやほやされ、過大な期待をされて来たせいか、
「ワガママなお坊ちゃま」感は否めない。
お兄ちゃんが本性を見せる相手は限られているけど、ヒナちゃんは当然そんなお兄ちゃんを知っている。

あの男の人とお兄ちゃん。

ヒナちゃんにとって、どちらが魅力的なんだろう。




2人は、思いのほか早く、3つ先の駅で降りた。
私とお兄ちゃんも慌てて降りる。

駅を出ると、男の人はヒナちゃんを促すようにして歩き出した。
ヒナちゃんはキョロキョロしている。
どうやら初めて来る所らしい。

私もキョロキョロしてみる。
そこはいわゆる高級住宅街で、遊んだりデートしたりするような場所じゃない。
こんなところに何の用なんだろう?



5分ほど歩いたところで、男の人は足を止めた。
目の前には、どこからどう見ても高級マンションとしか言えないようなマンションがそびえ立っている。
絶対賃貸じゃないよね、これ。

男の人はポケットから鍵を取り出すと、マンションのオートロックを開けた。

そしてヒナちゃんに笑いかけ・・・
2人はその中へ消えて行った。


私とお兄ちゃんは迷った。
このまま帰るか、ヒナちゃんが出てくるのを待つか。

でも。
もしかしたらヒナちゃんは出てこないかもしれない。
朝まで。

そう思ったけど、さすがにお兄ちゃんにそうは言えなかった。


「・・・待つ?」
「・・・そうだな・・・少しだけ待って、出てこなかったら帰ろう」
「うん」


マンションから少し離れた、でもマンションの入り口が見える場所で、
私とお兄ちゃんはとにかく待った。

早く出てきて欲しい、
そう思っているからか、時間がたつのがやたらと早い。

あっと言う間に、10分、20分、30分・・・
そして1時間が過ぎた。


時計も7時を回り、7月とは言え暗くなってきた。


もう、帰ろう?
私がそう言い掛けた時、マンションの入り口が開き、ヒナちゃんと男の人が出てきた。

男の人が「送るよ」とでも言ったのか、ヒナちゃんはしきりに恐縮して首を振っている。
でもその表情は笑顔だ。

その時、私の隣で影がスッと動いた。
ダメ!と言う間もなく、それは真っ直ぐ進んでいく。


「ヒナ」
「・・・三浦君?」

お兄ちゃんはあっという間にヒナちゃんの近くまで辿り着いた。
私もすぐ後に続いたけど、驚いたヒナちゃんの目にはお兄ちゃんしか映っていない。

「こんなとこで何してるの?」
「ヒナこそ、何してるんだ」
「え?」

お兄ちゃんの厳しい表情にヒナちゃんが動揺する。
私も、この気まずい雰囲気で口を開けない。

お兄ちゃんは、今度はヒナちゃんの横に立つ男の人を睨んだ。

「あんた、誰?ヒナの何?」
「え?俺?」

いきなり自分に敵意を向けられ、男の人が驚く。
でも、頭の回転が速いのか、すぐにこの状況を理解したようで、
お兄ちゃんに笑顔を向けた。

「別に。何でもありませんよ、今は」
「今は?」

お兄ちゃんが、男の人の言葉に敏感に反応する。

「はい。今はまだ。でも、9月からお世話になろうと思ってます」
「・・・9月?」

意味が分からず、私もお兄ちゃんも戸惑う。
ヒナちゃんも、どうしてお兄ちゃんがここにいるのか、何に怒っているのか分からないようで、
ただ呆然としている。

唯一全てを分かっているらしい男の人が、ヒナちゃんに言った。

「雛子先生。この人、先生の彼氏ですか?なんか、俺達のこと誤解してるみたいですね」
「え?誤解?」
「大方、俺と雛子先生が浮気してるとでも思って、ここまでついてきたんでしょ。
電車の中で、なんか視線を感じるなとは思ってたけど、あなた達だったんですね」

・・・バレてたのか。
鋭い人だ。

それに、この声、この笑顔。
なんか誰かと似てる気がする。
だけど、思い出せない。

って、そんなことはどうでもいい。
雛子先生?誤解?
ええ?

まだ混乱している私とお兄ちゃんより早く、ヒナちゃんが真っ赤になった。

「そ、そんな!三浦君、
間宮まみやさんは・・・この方は、
9月からうちの保育園にお子さんを預けようかって考えてくれている保護者さんよ?」
「・・・は?」

保護者?

それって、つまり・・・

「今日は、家庭訪問だったの。今、おうちの中で奥様とお子さんとお話してきたのよ」
「・・・え、でも・・・こないだ、カフェで・・・」
「あれは!保育園の説明をしてただけ!保育園の中だと、子供達が冷やかしてきて、
落ち着いてお話できなかったから」
「・・・」

な、なーんだ・・・
そうよね、ヒナちゃんが浮気なんて。
よく考えれば、そんなこと、あるわけないのに。

私とお兄ちゃんはすっかり脱力し、ヒナちゃんは困惑している。
1人笑っているのは、「間宮さん」と呼ばれた男の人だけだ。

「あはは。雛子先生の彼氏さん、よっぽど雛子先生のことが好きなんですね。
駅までお送りしようと思ったけど必要なさそうだから、俺はここで失礼します」
「あ、はい!今日はありがとうございました!それに、あの・・・申し訳ありませんでした」

ヒナちゃんが深々と頭を下げると、間宮さんは笑顔で「それじゃ」と言って、
マンションの中へ戻って行った。
 
 
  
 
 
 
 
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