第1部 第16話
 
 
 
「ヒナちゃん!」
「あれ?舞ちゃん?どうしたの?」

仕事を終え、保育園から出てきたヒナちゃんに私は駆け寄った。

「ヒナちゃん・・・あの、お兄ちゃんのことなんだけど・・・」

私がそう言うと、ヒナちゃんは眉をひそめた。

「三浦君、元気?電話も出てくれないし、メールしても返事してくれなから心配してたんだ」
「え。そうなの?」

お兄ちゃんてば。

「あのね、お兄ちゃん、なんか色々考えてるみたいだから・・・
お兄ちゃんから連絡くるまで、そっとしといてあげてほしいんだ・・・」
「そうなんだ。わかった。待ってるね」

そう言って微笑むヒナちゃんは、いつものヒナちゃんだ。
やっぱりヒナちゃんはすごい。

私はホッとしすぎて涙が出そうになった。

「ヒナちゃん・・・この前はごめんね」
「どうして舞ちゃんが謝るの?それに、悪いのは私よ。三浦君は、心配してくれてただけなのに、
あんなこと言っちゃって・・・三浦君、怒ってるよね?」
「怒ってるわけないでしょ!てゆーか、ヒナちゃんは悪くないし!ただ・・・」

私はお兄ちゃんの代わりのつもりで言った。

「お兄ちゃんは、ヒナちゃんのこと大好きなんだよ。だから、ちょっとしたことでも、
すぐにヤキモチ妬いちゃうんだよ。あの間宮さんって人とは、特に親しげだったし・・・」

ヒナちゃんはクスクスと笑った。

「そっか。心配かけてごめんね。間宮さんはね、話やすいし、色々大変みたいだから、
なんか応援してあげたくなっちゃって。それで仲が良さそうに見えたのね」
「大変って?」
「奥さんのご両親に認めてもらえなくて、まだ結婚してないんだって。
あ、『間宮』さんっていう名前も、奥さんの方の名前なの。
お子さんが奥さんの方の籍に入ってるから、子供関係のことは『間宮』で通してるんだって。
間宮さんは・・・あ、こないだの人ね。本名はなんだったかな?まあいいや、とにかく、間宮さんは、
自分自身はまだ大学生で働いてないし、年上の奥さんの稼ぎだけで今はやってるらしいの」
「へえええ」
「奥さんも今は育児休職中なんだけど、お子さんが1歳になったら復帰するの。
で、ちょっとでも役に立ちたいからって、間宮さんが保育園を探してるんだって」

あの若さで!凄い!!

「ふふ。本人は『デキ婚だから、文句言える立場じゃないし』とか言ってるけど、
奥さんとお子さんのこと、すごく愛してるみたい」

そうだよね。
でなきゃ、男の人が保育園探し回ったりしないよね。

「・・・でも、お兄ちゃんもきっと、それくらいヒナちゃんのこと、好きだよ」
「え?」
「ただちょっとワガママで、ちょっと素直じゃないから、
ヒナちゃんのこと、大切にしてるようには見えないかもしれないけど・・・大切に思ってると思うよ」
「ええ?」

ヒナちゃんは首を傾げた。

「知ってるよ、そんなの」
「えっ。そ、そうなの?」
「うん」
「じゃあ・・・お兄ちゃんに愛想尽かしてない?別れたりしない?」

ヒナちゃんはまた「ええ?」と驚いてから・・・

自信たっぷりに「もちろん」と頷いた。



その首元には、あの指輪が力強く光っていた。







「なんだ三浦、そんなに俺のこと見つめて。愛の告白でもしてくれるのか?」
「まさか」
「じゃー、さっさと前に出てきて、この問題解け」

う。

でも先生に逆らうわけにはいかない。
私は諦めて、ノート片手にのろのろと教室の前に向かって歩き出した。

「とっとと歩け!お前、何歳だ?もっとシャキッとしろよ」
「もう15歳のおばさんですから」
「・・・30歳目前の俺の前で言うか」

本城先生はムッとしながら私にチョークを渡した。

「わかりません」
「・・・だったら、前に出てくる前に言え。時間の無駄だ」

私は先生に頭の上を教科書でポンと叩かれ、席へ追い返された。

「全く。お前の兄貴はあんなに頭がよかったのに・・・誰に似たんだ、お前」


先生はブツブツ言いながら、私が解けなかった問題の解説を始めた。
完全な呆れ顔だけど、そんな顔ですら本城先生はかっこいい。
顔だけじゃなく、生徒の私から見て、先生にはおよそ欠点と言う物がない。
見た目も中身も「イケメン」だ。

だけど、先生だって人間だ。
欠点がないわけがない。
過去に、人には言えないような出来事もあっただろう。

でも多分、綾瀬学園のあの宇喜多先生は、そんな本城先生のことを丸ごと好きなんだ。

お兄ちゃんも、ドジでパッとしないヒナちゃんの全てが好きで、
ヒナちゃんも、あんなワガママ王子のお兄ちゃんの全てが好きなんだ。

愛って深い。


クラスの男子を見てみる。

相変わらずお兄ちゃんよりかっこいい顔の男子はいない。
でも、顔だけじゃなくって、中身も含めて「イケメン」な男子がいるかもしれない。

私、そんな風に男子のこと見たことってあったっけ?


なんとなく森田を見る。

こいつも相変わらずのサルっぷりだ。
本城先生の授業はつまらなさそうに聞いてるし。

だけど、悪い奴じゃない。
いいとこもあるし、優しいとこもある。
中間テスト前は、本当に私の勉強に付き合って毎日居残りしてくれたし。


まあ、かろ〜〜〜〜〜じて「イケメン」、なのかなあ?


と。森田が頭を上げ、こっちを見た。
目が合う。

『何、ジロジロ見てんだ。このパンパンジー女』
『は?あんたを見てたわけじゃないわよ、このサル』
『ちゃんと授業聞いとけよ』
『うっさい。あんたこそつまんなさそーな顔してんじゃないわよ』
『なんだと、この、』

「はいはーい。そこの、まりもっこりコンビ。仲良く目で会話してる場合じゃないぞ」

突然の本城先生の声に、私も森田もハッとして前を向く。

そして同時に叫んだ。

「目で会話なんてしてません!」
「俺はまりもっこりじゃねー!」
 
 
 
 
  
 
 
 
 
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