「うう〜〜〜〜〜」
「そんなに後悔するくらいなら、捨てなきゃよかったのに」
「だってぇ〜〜〜〜」
「拾ってきなよ」
「もう行ってきた!」
私は、つっぷしていた机から顔を上げて、茜を涙目で見上げた。
「今朝、学校来る前に行ってきた!でも・・・」
「でも?」
「よりによって、今朝早くゴミ収集車が来たみたいで・・・」
「なかったの?」
私はコクコクと頷いてまた机に覆いかぶさった。
なんで!?
なんでよりによって、今朝なんかにゴミ持ってちゃうの!?
あああ・・・
昨日の帰り、森田にムカついた勢いでキティちゃんを捨ててしまったものの、
一晩寝て起きたら激しい後悔に襲われた。
森田に何を言われようとどうでもいい、とか、
雲雀乃谷君に悪い、とか、
思い出がどうのこうの、とか以前に、
キティちゃんに悪いことをしたと思った。
だから、急いでキティちゃんを迎えに行ったのに・・・
「哀れ、キティちゃんはゴミ集取車の中で粉々に、か」
「茜!!!酷い!!!」
「舞、ちゃんと『燃えないゴミ』に入れたんでしょうね?」
「酷すぎる!!!」
「酷いのは舞でしょ」
「〜〜〜〜ううう〜〜〜〜」
確かにその通り。
悪いのは私よ。
でも・・・!!!
私はもう一度顔を上げ、
少し離れたところでいつも通り天野たちと馬鹿みたいに笑っている森田を睨んだ。
森田!
元はと言えば、あんたのせいなんだから!!
「ねえ、舞。でもいい機会なんじゃない?」
突然茜がボソッと言った。
「いい機会?何の?」
「舞、最近あんまり『お兄ちゃん、お兄ちゃん』言わなくなったし、
なんとなく引き摺ってた初恋の思い出も振り切ったし。これで新しい恋に進めるんじゃない?」
「進むにも進む先が無いんですけど」
「森田君は?」
また森田!?
よりによって森田!?
てゆーか、なんで森田!?
サル森田!?
い、いや、この際サルだとかはどうでもいいとして。
「茜こそ!森田に告るんじゃなかったの?」
「うん。もう告った」
「あそー。それはそれは・・・って、は?」
なんですと?
私が大口開けてビックリしてると、茜は小声で付け足した。
「告って・・・振られた」
「・・・」
「ま、舞!落ち着いて!」
気がつくと、茜が私の腕にしがみついていた。
どうやら私は無意識のうちに立ち上がり、森田目掛けて突入しようとしてたらしい。
「落ち着いていられるわけないでしょ!何、あいつ!茜を振るなんて許せない!!!」
「あのね。森田君にだって選ぶ権利はあるわよ」
「サルにそんなもんはない!」
「・・・サルが聞いたら怒るわよ」
茜に両肩を上から押され、私は仕方なく席に座った。
「・・・いつ、告ったの?」
「昨日。私、部活で遅くなったんだけど、たまたま森田君と帰りが一緒になったの。
こんな機会ないと思って、思い切って言っちゃった」
「え。遅くって・・・何時くらい?」
「9時前かな」
「・・・」
もしかして、私が途中でプリントまとめるのを放棄しちゃったから、
森田の奴、1人で全部やってたのかな。
私も「やっといてよね」って言っちゃったし。
そんな遅くまで残ってやってたんだ・・・。
「それで、なんて言われたの?」
「好きな子がいるんだって」
好きな子?森田のくせに。
「何それ。どこの日本ザル?それとも手長ザル?あ、ワオキツネザルとか?」
「さあ」
茜は肩をすくめて言った。
「口の悪いチンパンジーじゃない?」
昼休み。
私は森田を探した。
昨日、仕事を押し付けたのを謝ろうと思ったのだ。
キティちゃんのことは、森田も悪気はなかったんだろう。
私が急に勝手に不機嫌になってビックリしたかもしれない。
茜を振ったことはムカつくけど、茜の言う通り、まあサルにも選ぶ権利はある。
芋が好きなサルもいればリンゴが好きなサルもいる。
とにかく。
一応謝ろう。
てっきり体育館で葉山先生達とバスケをしているかと思ったら、見当たらない。
見学している女子生徒に聞いたら、「本城先生に呼ばれて出て行った」と教えてくれた。
でも、職員室に行っても、森田はおろか本城先生の姿もない。
どこに行ったんだろう?
教室に戻ってみたり、校庭に出てみたりしたけどやっぱりいない。
おかしいなー。
森田がなんかやらかして、生徒指導室でお説教されてるとか?
だったら、見つけたとしても声はかけられない。
ま、後でもいいか。
そう思い、なんとなく空を見上げたところで・・・
いた!
もちろん、森田が空を飛んでた訳じゃない。
校舎の屋上で、フェンスに持たれて本城先生と何か話してる。
私は急いで校舎に飛び込み、階段を駆け上がった。
汗がじっとりと出てくる。
もう真夏で、昼休みに屋上なんかに行く生徒はいない。
そんなひと気のないところで敢えて話してるなんて、何があったんだろう?
私は、屋上に通じる扉の前で、それを開くか迷った。
もし、大事な話をしてるなら、今行かない方がいいかな?
でも、数秒も悩まないうちに、扉が向こうから開き、
本城先生と森田の顔が見えた。
2人は、私がここに立っていることにちょっと驚いたようだけど、
先生は、私が森田に用があると分かったらしく、
何も言わずに階段を下りていった。
なんとなく緊張して、少し息を飲む。
「森田、あの・・・」
「何?・・・あ、悪い、ちょっと待って」
森田がズボンのポケットから携帯を取り出し、点滅するサブディスプレイを見た。
「電話だ。出ていいか?」
「あ、うん」
森田が、相手の名前を確認してから通話ボタンを押した。
会話を聞くつもりなんてないけど、
周りには誰もいないし、遠くに生徒の声はするけど、静かだ。
嫌でも森田の声はもちろん、相手の声も聞こえてくる。
相手が何を言っているかはわからない。
でも・・・
女の人の声だ。
「何?うん・・・うん・・・ああ、わかってる」
いつになく森田の声が落ち着いてて優しい。
誰なんだろう?
お姉さんとか、妹とか?
それなら森田は、もっとぶっきらぼうに話しそうだ。
穏やかでニコニコしてて・・・でも、わざとそうしてるんじゃなくて、
自然とそうなってしまっている、って感じだ。
「ああ、うん。じゃあね。再来週に会おうね」
会おうね、って。
森田、そんな話し方するんだ。
意外。
もしかして、今話してる人って・・・
何故か胸の奥がザワザワと音を立てる。
私は、森田が携帯を切ると同時に、
ううん、切るより早く、森田に話しかけた。
「今の、彼女?」
すると森田は、携帯をパチンと閉じながら、
「うん。そう」
と言って頷いた。