第1部 第26話
 
 
 
「おかえり」
「こんちはー、和歌さん。お邪魔してます。凄い家だね」
「ふふ、まさに分不相応って感じでしょ?」
「真弥にはな。でも和歌さんには似合ってる」

森田は、先生に対してと同じくらい気軽にその女の人と話している。

誰なんだろう、この人。

私がポカンとしていると、
先生はまず、女の人の方へ話しかけた。

「こいつは三浦舞っていう、俺のクラスの生徒だ。まりもっこりでいいぞ」
「よくないです。こんにちは、三浦舞です」
「こんにちは」

女の人はにこやかに言った。
物静かで、それでいて凛とした雰囲気の知的美人だ。

「三浦。こっちは
月島和歌つきしまわか・・・えっと、俺の婚約者だ」
「こっ!」
「おお!やっぱり!」

私と森田が同時に叫んだ。
でも、私は驚きの余り、「こっ!」と言ったっきり言葉が続かない。

「やっと結婚すんのか、真弥!」
「そうだな。やっと、だな」
「うわー・・・そっか・・・」

何故か感慨深そうな森田。
そして、珍しく素直に満面の笑みで「おめでとう」と言った。

先生と和歌さんも、照れくさそうに、だけどとても幸せそうに「ありがとう」と言った。


「いつまでたっても結婚しねーから、ヤキモキしてたんだぞ、俺」
「私が弁護士になるのを待ってくれてたから・・・」
「そっか、和歌さん、弁護士になったもんな」
「湯気が出るくらいホヤホヤだけどね」

まだ「こっ!」の形の口のまま固まっている私を置いて、
会話が進む。

かろうじて先生が私に助け舟を出してくれた。

「おーい、三浦。また魂がお散歩か?」
「こ、こ、こ」
「コンコン」

だから、違うって。

「婚約者!すごい!」
「・・・何がすごいんだよ・・・」
「だって!だって・・・おめでとうございます」
「・・・うん、ありがと。って、なんでお前が涙ぐんでるんだよ」
「だ、だって・・・」

自分でもよくわからないけど、なんか涙が出てきそうだ。
本城先生が結婚なんて・・・

「なんか、息子を婿に出す気分」
「おい」
「いつ、結婚するんですか?」
「9月に籍を入れようと思ってる」
「そうなんですか・・・学校で大騒ぎになるでしょうね」
「あ、まだ言うなよ!」
「大丈夫です。こう見えても口は軽いんです」
「・・・」
「結婚式はいつなんですか?」
「あー」

先生が頭を掻く。

「結婚式はしないんだ」
「え?どうしてですか?」
「いや、二人とも何かと忙しくてさ・・・」

私は森田と顔を見合わせた。
いくら忙しいって言っても、普通結婚式はするものじゃないの?

私としてはもっと、「どうしてしないんですか?したらいいじゃないですか」
とか言いたかったけど、その前に森田が話題を変えた。

「そっか。ま、それもいーんじゃない?三浦、俺が前『彼女』って言ったのは、和歌さんのことだ」
「え?」
「夏休み前、屋上んとこで俺に電話してきたのは和歌さんなんだ。
その直前まで俺、真弥と一緒だっただろ?
だから三浦に『今の、彼女?』って聞かれて、てっきり『先生の彼女?』って意味かと思って、
うんって答えたんだ」
「・・・」
「それを教えたくて、今日ここに三浦を連れてきたんだ」

そんなくだらない勘違いで、私はあんなに苦しめられてたのか。
恨むぞ、森田。

「それよりアイス食おうぜ!俺、ラムレーズン」
「あ、ダメ!それ私の!」
「えー。それ、俺食いたいんだけど」

先生。。。おとなげない。。。

でも、結局私も森田もアイスを口にすることはできなかった。
原因は、私。

「あれ。でも、本城先生。先生の彼女って、宇喜多先生じゃなかったんですか?」
「・・・えっ」

先生が絶句する。

「宇喜多先生?誰だ、それ?」

森田はすっかり忘れているようだ。

「ほら、4月に一緒に綾瀬学園にお遣いに行ったでしょ?あの時の女の先生」
「ああ。あの人か。って、おい、真弥?」

私と森田と、そして何より和歌さんの視線が一気に先生に突き刺さる。

「み、み、三浦、お前、何訳のわかんないことを・・・誤解だ!あの人は俺の彼女なんかじゃない!」
「・・・ふーん。私の誤解、ですか。その割には随分焦ってますね、先生」
「いや、あの、その、それは、」

すっかり挙動不審の先生。
うーん、面白い。

が、和歌さんの視線は冷たくなるばかり。

「・・・三浦。俺達、帰った方が良さそうだな」

森田が小声で言った。



マンションを出ると、森田がルーズリーフに何かを書き、
私の背中にペタンと貼った。

「え?何?」

取って見てみると、そこには「KYJK」という文字が。

「何、これ」
「空気読めない女子高生、の略」

古っ!

「婚約者の前で、昔の女の話なんてするなよなー」
「・・・はい」

確かにアレはまずかった。
今頃修羅場になってたらどうしよう。

「ま、それはないだろ。大丈夫だよ、あの2人は」
「そうなの?」
「ああ。色々あった分、絆も固いって感じだから」
「・・・色々?」

私がそう言うと、森田がニヤッと笑った。

「聞きたい?」
「聞きたい!」
「タダじゃ教えられないなー。飯奢れよ、明日」

・・・明日?
それって、明日も会えるってこと?

「ダメか?」
「ダメじゃない!」

私は間髪入れずに返事した。


今現時点で修羅場になっているかどうかはともかく、先生と和歌さんの幸せそうな笑顔と、
明日森田と2人で会えるという楽しみのお陰で、
私は上機嫌で家に帰った。

しかーし!
玄関の向こうには、最高に不機嫌な顔が待ち構えていた。

「遅い!」

あれ。前にもこんなことあったよーな。

「あったよーな、じゃない!舞、お前最近夜遊びが多いぞ!」
「夜遊びって。まだ9時だよ」
「もう寝る時間だ!」

そんなわけないでしょ。

「もー。お兄ちゃん、うるさい」
「な、なんだと!」

私は、うんざりしながら階段を上がった。
お兄ちゃんも後ろからついてくる。

「また、焼肉の男か?」
「焼肉の男?・・・ああ、うん」
「・・・どこのどいつだ」
「上野動物園のサル」
「は?」

上野動物園のサルが聞いたら気を悪くするかもしれない。

「でも、2人じゃないよ。さっきまで本城先生も一緒だったから」
「先生も?何してたんだ?」
「・・・えっと」

先生には口止めされたけど、もうとっくに卒業してるお兄ちゃんならいいよね?
と、私はさっそく口の軽いところを披露することにした。

「聞いて驚け!なんと、本城先生!結婚するんだって!」
「ええ!?」

これにはさすがのお兄ちゃんも目を丸くした。
でも、その顔の半分は喜びの表情だ。

「先生が結婚!?信じらんねー!!」
「どうしてよ?」
「もっと遊ぶかと思った」

確かに。

「でも、真剣に付き合ってたみたいだよ?」
「マジかよ・・・うわ、ヒナに言おう」
「相手の女の人にも会っちゃった」
「へー。どんな女?」
「綺麗で落ち着いた感じの人だったよ。月島和歌さんって言うんだって。名前も綺麗だよね」
「・・・は?」

携帯を開いたお兄ちゃんの手が止まる。

「・・・なんつった、今」
「え?名前も綺麗って・・・」
「違う!女の名前!」
「月島和歌、さん」

またお兄ちゃんが目を丸くする。
でも今度は100%驚きの表情だ。

「和歌さんがどうかした?」
「それ!俺の同級生だぞ!!」
「・・・えっ。ええ?えええ!?」


それって、つまり・・・うわ!本城先生!!
森田の言ってた「色々」ってそう言うこと!?

それからしばらく、私とお兄ちゃんは上を下への大騒ぎだった。




だけど。
次の日に私が森田から聞いたのは、そんなことじゃなかった。

それは4年前のこと。
2人に突然降りかかってきた、ある悲しい出来事だった。
 
 
 
 
 
 
 
 ↓ネット小説ランキングです。投票していただけると励みになります。 
 
banner 
 
 

inserted by FC2 system