第２部　第２話

へ？

驚いて振り返ると、部屋の扉のところに１人の男が立っていた。

高校生くらいだろうか。
綺麗な黒髪に涼しげな目元、
一目で和歌さんの弟だとわかる。
だけど、その表情は友好的とは言えない。
いや、嫌悪感を隠そうともしていない。

「二度と来るな」
「ちょっと、ノエル！」

ノエル？変な名前だな、

なんて言える雰囲気じゃない。

「せっかくお見舞いに来てくれてるのに、そんな言い方ないでしょ！」
「和歌。このチビ誰？あの男の弟かなんか？」

あの男？
真弥のことか？

「おう。まーそんなとこだ」
「じゃあやっぱり、もう二度と来るな」
「はあ？」

・・・あー、なるほど、そーゆーことか。

「お前、姉ちゃんを彼氏に取られるのが嫌なんだろ？このシスコンめ」

ノエルって奴が、真っ赤になる。
でも、照れてるってゆーか・・・
怒ってます？

「ふざけるな！そんなんじゃない！あの男がちゃんとした人間なら文句は言わねーよ！」

うーん、そう言われると反論しにくい。
真弥って「ちゃんとした人間」って言えるんだろーか。

だけど、まあ、反論してやれないこともない。
でも俺はできなかった。

驚きすぎて。

真弥は１２歳の男の俺から見ても、見た目はかなりいいと思う。
もちろんモテる。
逆ナンされて、「息子と一緒なんで」と何度俺をダシに逃げたことか。

だから真弥は、なんとなく同性に敬遠されたり、
振った女に恨まれることはある。

でも、基本的に誰にでも好かれる男だ。
少なくとも俺が知る限り、本気で憎まれるようなことはなかった。

だけど、このノエルは、
よりによって和歌さんの弟は、
本気で真弥を憎んでるらしい。

だから俺は驚いたのだ。

「和歌の前に二度と現れんな！お前も、あの男も！」
「ノエル！」

和歌さんがノエルを止めようとするが、全く効果がない。
も一つ言うと、ノエルの言葉も俺に効果はない。

「ヤダ」
「なんだと！」
「つーか、自分の姉ちゃんのこと『和歌』とかゆーなよ。ちゃんと『お姉ちゃん』って言えよ」
「お前に関係ないだろ！」
「ま、ないけど」

俺はノエルを正面から見た。
正確には見上げた。
悔しいが、身長はさすがに敵わない。

でも口じゃ負けねーぞ！
あの真弥に鍛えられてるからな！

「てめー、何の権利があって俺と真弥にそんなこと言えるんだ？」
「俺は、和歌の弟だぞ！言う権利はある！」
「和歌さんの弟だけど、和歌さん自身じゃねーだろ！俺は、和歌さんに来るなって言われない限りは来る」
「はあ！？」
「２人ともやめて！」

和歌さんが叫ぶ、と、同時に苦しそうに左胸を押さえた。

「和歌！」

ノエルが慌てて和歌さんに駆け寄り背中をさする。

「デカい声出すな！」
「う、うん・・・」

その和歌さんを見て、俺ははっとした。
そうだ。和歌さんは、嬉しいときや動揺したとき、こうやってよく左胸を押さえる。
ただの癖だと思ってたけど・・・もしかして、いつも胸が苦しかったのか？
今みたいに？

真弥は知ってたのか？

俺は足がすくみ、動けなかった。

「帰れ！」
「・・・」
「帰れって言ってるだろ！」
「・・・」
「歩君」

少し落ち着いたのか、和歌さんが小さく俺を呼んだ。

「もちろん、来てくれていいのよ。ありがとう」
「和歌！」
「でも、」

ノエルを無視して和歌さんが続ける。

「先生とは来ないで」
「え？」
「先生とはもう会わないの」
「は？」

なんで？
と、すら言えなかった。

和歌さんが悲しげに目を伏せ、
ノエルが「ざまあ見ろ」という表情になる。

「わかっただろ？あの男に言っとけよ」
「・・・」
「４月に和歌が発作を起こしたのはあいつのせいだ。しかも、和歌の心臓に問題があるってわかったとたん、
和歌に全く会いに来なくなったんだぞ」
「そんなこと、あるわけないだろ！」

今度はすぐに言葉が出た。
だって、あの真弥がそんなことするわけない！
あいつだったらむしろ、毎日和歌さんに会いに来そうだ。

「あるわけないも何も、実際あいつは一度も和歌に会いに来てないんだ」
「・・・和歌さん、ほんとなのか？」
「・・・」
「そんな・・・」

嘘だろ？

「ほらな。あいつ、堀西大学出身なんだろ？これだから金持ちの坊ちゃんは、」
「うっさい！！！！！」

俺は病院だということも忘れて、できる限りの大声で怒鳴った。

「うっさい、うっさい、うっさい！！！！真弥がわけもなく、そんなことするわけねーだろ！！！」

和歌さんもノエルもポカンとする。

「行って来る！！」
「ど、どこに行くの？」
「真弥んとこに決まってるだろ！！」
「歩君！待って！」
「うるさい！」

俺は和歌さんにまで怒鳴って、病室を飛び出した。

来た時も、これ以上ない程のスピードで来たつもりだったけど、
今はそれ以上のスピードで走った。

真弥が和歌さんと会ってない？
８ヶ月も？
んで、和歌さんも「もう会わない」って？

その意味くらい、俺にでも分かる。
「別れる」ってことだ。

真弥と和歌さんが別れる。

って、ありえねー！！！！！