第2部 第3話
 
 
真弥と和歌さんが出会ったのは、3年と数ヶ月か前の4月のこと。
真弥が、和歌さんの通う朝日ヶ丘高校に赴任した。

その時真弥は22歳、和歌さんは16歳、高校2年生だった。

2人はすぐに恋に落ち、教師と生徒という関係も飛び越えて付き合い始めた・・・
か、どうかは知らない。
でも、少なくともお互い好き合っていた。

真弥は「月島が卒業してから付き合い始めた」って言ってるけど、
和歌さんが在学中から付き合ってたんじゃないかと俺は睨んでる。

ま、そんなのは俺にとってはどっちでもいい。
2人が幸せなら。


真弥が和歌さんのことを「月島」って呼ぶから、俺も和歌さんが高校生の頃は「月島さん」と呼んでいた。
でも、和歌さんが卒業してから、俺は和歌さんのことを「和歌さん」と呼ぶことにした。

俺がこうでもしないと、
真弥はいつまでたっても和歌さんのことを「月島」と呼び続けるだろう、と思ったからだ。

それに・・・もしかしたらそう遠くない将来、和歌さんは「月島」じゃなくなるんじゃないか、
そう思ったから。

残念ながら、俺の努力も虚しく真弥は和歌さんのことを「月島」と呼び続けてるし、
和歌さんも真弥のことをいまだに「先生」って呼ぶけどな。
ま、これもどーでもいい。
2人が幸せだから。



それなのに。

なんでこんなことになるんだ。
真弥は一体、何考えてるんだ。

俺は信じないぞ!!!




「待てって!!」

うちの小学校で、俺の全力疾走についてこられる奴はいない。
でも、やっぱり高校生ってのは、小学生より足が速いみたいだ。

駅の改札で、俺はノエルに後ろから腕を掴まれた。

「んだよ、ノエル!離せ!俺は今すげー忙しいんだ!!」
「忙しい、ってあの男のとこに行くだけだろ」
「だからどーした!?」
「俺も行く」
「・・・は?」

相変わらず、目に憎しみを湛えてはいるが、さっきよりだいぶ落ち着いたようだ。
俺と一緒に真弥に会いに行くなんて、どーゆー風の吹き回しだ?

俺が胡散臭そうにノエルを見ると、
ノエルはちょっと咳払いをして言った。

「その・・・さっきは悪かったよ。お前はあの男とは関係ないもんな」

なくはないけどな。

「・・・真弥に会ってどうするんだよ?」
「なんで和歌に会いに来なくなったのか、直接聞きたい。理由が心臓のことなら、殴るかもしれないけど」

それは俺も同感だ。


こうして俺とノエルは一緒に、真弥が1人暮らししているマンションへ向かう電車に乗った。

「ところでお前、小学生だろ?『ノエルさん』って言えよ」
「ノエルは和歌さんの弟で、俺は真弥の弟みたいなもんだ。仲良くやろうぜ、兄弟」
「・・・・・・」




さすがに真弥も、俺が襲撃してくることは予想していたらしい。
俺が凄い勢いでインターホンを押すと、「やれやれ」という感じで玄関から顔を出した。

が。
俺の後ろのノエルを見て固まった。
どうやらノエルが自分をどう思ってるかは知っているようだ。

俺は、無言で真弥を押しのけて勝手に部屋に入り、ドカッと座った。
ノエルも無言だが、さすがに勝手に上がりこむのは気が引けるのか、
一応真弥の後について、中に入ってきた。

「真弥」
「・・・なんだよ」
「梅昆布茶」
「・・・何しに来たんだ、お前ら」

真弥はため息をつきながらも、俺とノエルにちゃんとお茶を出してくれた。
こーゆー男なんだ、真弥は。

「うーん。ちょっと濃いぞ」
「・・・ほんとに何しに来たんだ」
「わかってるだろ」
「・・・」

気まずい沈黙・・・なんかを許してやる俺じゃない。

「なんで和歌さんに会いに行かねーんだよ」
「・・・いいだろ、別に」
「よくねーよ!」

真弥が俺とノエルから目を逸らす。
らしくない。

「とっとと言え!でないと・・・」
「でないと?」
「今のお前の生徒達に『本城先生は昔、教え子に手を出した』って言いふらすぞ!」
「お、お前、なんつーことを」

さすがにそれは嫌なのか、真弥はお茶をちょっと飲むと、
ノエルの方を見て小さな声で言った。

「・・・月島から、何にも聞いてないのか?」
「聞いてない」
「・・・じゃあ、やっぱり俺からは話せない」
「なんでだよ!」

ノエルが食って掛かる。

「和歌に聞いても、『もういいの』とかしか言わないんだよ!ちゃんと説明しろ!」
「・・・」

もしノエルが高校生でなかったら、真弥はもっと渋ったかもしれない。
でも、自分の生徒と同じ高校生のノエルに「説明しろ」と言われると、
やっぱり拒否できないのだろう。

真弥は今度は俺の方を見た。

「歩。お前、子供ってどうやってできるか知ってるか?」

なんだ、おい、突然。

「舐めんな。知ってるに決まってんだろ。コウノトリが運んでくるなんて思ってねーよ」
「そうだぞ。キャベツ畑から出てくる訳でもない」

どこのキューピーだ。

「なんでそんなこと聞くんだよ」
「・・・今年の4月に俺、月島とちょっと喧嘩したんだ。ほんと、どうでもいいような喧嘩だったんだけど、
月島の奴、少し興奮してさ。そしたら突然『胸が苦しい』って言って倒れたんだ。
で、病院に連れて行ったら医者に『生まれつき心臓に欠陥があるようだ』って言われた」

ノエルがさっき、真弥のせいで和歌さんが発作を起こしたって言ってたのは、そーゆー事だったのか。
真弥のせい、っつーか、タイミングが悪かったんだな。
むしろ、心臓の欠陥が見つかってよかったのかもしれない。

「俺も月島の両親もすげー焦ったけど、ちゃんと手術すれば大丈夫って聞いて安心したんだ。
でも・・・」

真弥が口ごもる。
まだ、話す決心がつかないらしい。

俺とノエルは待った。

真弥がようやく言葉を続ける。

「・・・出産は難しいらしい」
「え?」
「妊娠はできるんだ。でも産むのは心臓がもたないかもしれない。帝王切開でも」
「・・・それって・・・」

真弥は伏せ目がちに床に視線を落とし、言った。

「月島は、一生子供を産めないんだ」
 
 
  
 
 
 
 
 ↓ネット小説ランキングです。投票していただけると励みになります。 
 
banner 
 
 

inserted by FC2 system