第2部 第4話
 
 
 
「和歌が、子供を産めない?」

ノエルが驚きを隠せず、目を見開いたまま言った。

「それで、和歌と別れたのか?」

その声に憎しみはない。
純粋に、疑問を口にしているだけのようだ。

「・・・」

何にも言わない真弥の代わりに、俺が自分の足元を見たまま答えた。

「お前、和歌さんの弟だろ。だったら、自分は子供を産めないって知った和歌さんがどうするかくらい、
想像つくだろ」
「・・・」

和歌さんが子供を産めない、
それはつまり、このまま真弥と和歌さんが結婚すれば、真弥も子供を持てないってことだ。


和歌さんは、自分の意思で真弥から離れたんだ。


俺は、視線を上げないまま、真弥に訊ねた。

「真弥は何にも言わなかったのかよ?俺はそんなこと気にしない、とか」

真弥がちょっと笑う。

「歩。俺のこと買いかぶり過ぎだ。俺、そんなできた人間じゃねーよ」
「じゃあ、言わなかったのか?」
「言ったさ」
「・・・」
「でも月島は、それが俺の本心じゃないってちゃんと見抜いてた。だから、もう会わないって言われた」

真弥は、放心したままのノエルを気にしながら言った。

「あの時・・・月島はすげー落ち込んでたし、俺も動揺してた。とにかく月島を励まそうと思って、
深く考えもせず『俺は子供なんていらない。月島と一緒にいられれば、それでいい』って言ったんだ。
でも月島は納得しなかった。月島の両親にも、今はストレスを与えたくないから、
しばらく会わないで欲しいって言われたんだ」
「え、父さんと母さんに?」

ようやくノエルが我に返る。

「それで、会いに来なかったのか?」
「ああ。連絡も取ってない。手術のこととかは、月島の両親が、教えてくれたんだ。
でも・・・正直助かったと思ってる」
「・・・助かった?」
「俺も考える時間が欲しかった。あのまま強引に会い続けてたら、月島も辛かっただろうし」

俺は、ゆっくりと顔を上げ、真弥を見た。
できるだけ普通の目をしたかったけど、ちょっと無理だ。

「で?」

自分でも分かるくらい、声が怒ってる。

「え?」
「考えて、何か答えは出たのかよ?」
「・・・」
「つーか、何を考えるんだよ?考えたって、和歌さんが子供を産めるようになるわけじゃないだろ?
和歌さんと別れて、別の女と結婚して子供作るのかよ?」

真弥が言葉に詰まる。
詰まるってことは、そういうことを「考えてた」ってことか。

俺は立ち上がった。

「んじゃ、さっさとそーすりゃいいだろ!?でもその代わり、和歌さんはずっと1人だぞ!?」

和歌さんのことだ。
真弥と別れたら、
しかも子供を産めないとなったら、
誰とも結婚しないかもしれない。

「子供なんか、どーでもいいだろ!和歌さんがかわいそうだ!」

俺はあらん限りの声で叫び、家を飛び出した。

「見損なったぞ!!!真弥なんか、大ッキライだ!!!」





なんだよ。
子供ってそんな大事なのかよ?

真弥と和歌さんが2人で幸せなら、子供なんていなくたっていいだろ?


俺は、泣きそうになるのを堪えながら、駅から家に向かって歩いた。
「涙が零れ落ちないように、上を向いて歩く」とかゆーけど、そんなこと恥ずかしくできるか。

人にぶつかりそうになりながらも、俯いたまま足を速める。



真弥は子供が欲しいからって、他の女と結婚して幸せなのか?
和歌さん以外の女との子供なんて、本当に欲しいのか?

それに・・・
ノエル。

なんで怒んないんだよ?

自分の姉ちゃんが、子供を産めないなんて理由で彼氏に捨てられようとしてるんだぞ?
和歌さんの方から離れたんだろうけど、真弥がそれを止めなかったってことは、
やっぱり真弥が和歌さんを捨てたってことだ。

それなのに、なんで怒んないんだよ?

殴るかもって言ってたじゃないか。
殴るに値するだろ。


俺は家の前で、袖でごしごしと涙を拭った。

そして、家に入って階段を上がり、自分の部屋のベッドに突っ伏した、
かったが、腹が減っては戦はできぬ。

って、戦うわけじゃないけど。

とにかく、食べ盛りの12歳はどんなことがあろうと腹は減るんだ。

俺はご飯をちゃっかり2杯おかわりしてから、ようやく最初の予定通り、
自分の部屋のベッドに突っ伏した。
 
 
  
 
 
 
 
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