第2部 第5話
 
 
 
俺は顔をベッドに埋めたまま、手をベッドの横の棚に伸ばした。
そこに置いてある缶を開き、中のカードを取り出す。

いつもやってることだから、見なくてもこれくらいできる。

俺は目だけそのカードに向けた。
昔流行ってた、ギグレスターってアニメのトレカだ。
もう他のカードはどこかに行ってしまったけど、
この一枚だけは、今もこうして大事に取ってある。
別に珍しいカードって訳じゃない。
すげー雑魚キャラの弱いカードだ。

でも・・・


「歩。入るぞ」

軽くノックをして、お父さんが部屋に入ってきた。

「何?」
「いや、食欲なかったから何かあったのかと思って。いつも3杯はおかわりするのに」
「・・・」
「それに、いつもは夕飯の後、
わたると遊ぶのに、すぐに部屋に行ったからな」

耳を澄ますと、下で渡の泣き声がした。
まだ1歳だけど、「夕飯の後はお兄ちゃんが遊んでくれる」っていう習慣をわかってるみたいだ。
今日はそれがないから、ぐずってるんだろう。

俺が起き上がり、ベッドの端に座ると、
お父さんも俺の横に座った。

「どうした?何かあったのか?」

お父さんはこの3月まで朝日ヶ丘高校にいた。
昔、和歌さんを教えていたこともある。
真弥と和歌さんが付き合ってることも知っている。

俺は、今日の出来事を全部話した。

「月島が心臓の病気?」
「うん」
「で、手術するのか?」
「うん」
「・・・」

お父さんはまずそれに驚いた。
高校生の頃の元気な和歌さんを知っているから、衝撃が大きいんだろう。

「あ、でも元気そうだったよ。別に『いかにも病人です』って感じじゃなかったし」
「・・・そうか」

ちょっと痩せてたけど、お父さんが心配するから黙っておこう。

お父さんは、少しホッとした表情になった。

「でも、もう子供は産めないんだな」
「うん」
「だけど、早めに心臓のことが分かってよかったな。
知らないまま手術もせずに出産してたら、確実に命取りだ」

確かにそうだ。
でも「早め」過ぎた。
どうせなら、真弥と結婚してから分かればよかったのに。

「歩」

お父さんが俺の方を見た。
その目はいつも通り優しい。

「父さんが昔、別の女の人と結婚してたの、知ってるよな?」

俺は頷く。

「父さんと前の奥さんの間には子供ができなかった」
「え?」

そう言えば、子供がいるなんて話、聞いたことがない。
気にしてなかったけど・・・

「欲しかったんだけどな。どうしてだか、できなかったんだ」
「・・・それで、別れたの?」

お父さんは首を振る。

「理由としては、『合わなくなって別れた』だ。でももし、子供がいれば、
合わなくなることもなかったかもしれないし、
例え合わなくなっても別れなかったかもしれない」
「・・・」
「でも、母さんと再婚してはっきり分かった。やっぱり父さんと前の奥さんは『合わなかった』んだ。
子供がいても、別れてたと思う」

え?

「もし、歩と渡がいなくて父さんと母さん2人だけでも、100%幸せだ。別れることはない。
でも、歩と渡がいるから、200%幸せなんだ」

お父さんは自信たっぷりに言った。

「本城先生と月島もそうだと思う。でも、最初から『子供は絶対できません』って言われると、
やっぱり不安なんだ。『自分達は子供なしで本当に100%幸せになれるんだろうか』って」
「・・・うん」
「特に月島はまだ若いし、女の子だ。いつか自分も好きな人の子供を産むって、ずっと思ってたのに、
急にその夢が絶たれて戸惑ってるんだ。本城先生のことを好きなら好きなほど、な」
「うん」
「今のまま2人が結婚しても、月島は本城先生に対してずっと申し訳なさを感じ続けなきゃいけない。
それじゃ月島も辛い。本城先生もそれが分かってるから、
強引に『一緒にいたい』って言えないんじゃないかな」

・・・あ!そうか!

真弥が言ってた「考える」ってそういうことか!
一緒にいても、和歌さんが申し訳なさを感じなくていいようにするにはどうしたらいいかってことを
考えてたのか!

「あはは。まあ、それだけじゃないだろうけどね。
やっぱり自分に子供ができないっていうのは複雑だと思うよ。本城先生は子供が好きだし。
それは歩が一番良くわかってるはずだ」

もちろんだ。
真弥は暇さえあれば、俺と遊んでくれるし、
俺が真弥の家に泊まりに行くなんてしょっちゅうだ。

「今は2人とも色々考えて悩まなきゃいけない時なんだ。
でも歩は、2人が別れるなんてありえないって思ってるんだろ?」
「うん」
「だったら大丈夫だ。悩んで苦しんだ分、2人の絆も強くなる」

そう、なんだろうか。
俺にはわからない。
でも、お父さんがそういうなら、そうだと思える。

「俺はどうしたらいい?2人に何にもしてやれないのか?」
「あるさ。歩にもできること」
「何?」
「考えてごらん」
「えー・・・。わかんない」
「あはは」

お父さんは笑うばかりで、答えを教えてくれない。
自分で考えなきゃ意味がないってことなのかな。

俺があーでもない、こーでもない、と、悩んでいると、
お父さんがちょっと真剣な声で言った。

「歩。ただ、一つだけわかっていて欲しいことがあるんだ」
「何?」
「子供っていうのは、歩が思ってるよりずっと、親にとってかけがえのないものなんだ」
「・・・」
「歩はまだ小学生だから分からないと思う。歩だけじゃなくて歩の友達もな。
でも、いつか分かる時が来るから」
「それって、いつ?」
「うーん、いつかな。歩に、結婚したいくらい好きな女の子ができたら、かな」

それじゃ、まだ当分、分かりそうにないなぁ。

でも、もしかしたらノエルにはそういう女の子がいるのかもしれない。
だから、子供のことで悩んでる真弥に怒れなかったのかな。


俺にもいつか、真弥とノエルの気持ちが分かる日が来るんだろうか。


俺は、手の中のカードに目を落とした。
 
 
  
 
 
 
 
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