第2部 第9話
 
 
 
「先生・・・ごめんなさい・・・」
「何が?」
「私、子供を産めるようになったとしても産まないと思います・・・」
「あはは」

顔面蒼白の和歌さん。
今にも吐きそうな表情だ。

対照的に、その横で産まれたばかりの赤ちゃんを抱いてニコニコしているのは穂波だ。

「穂波・・・よく、あんなのに耐えられたわね」
「そう?見てる方が気持ち悪いのかもね。産んでる方は、訳分からないから結構平気よ?」

和歌さんが、耐えられない、という風に首を振る。

「おめでとう、西田。かわいい男の子だな」
「ありがとうございます!でもかわいいですかぁ?旦那に似て目つきが悪すぎると思うんですけど」
「はは、確かにりりしい顔してるな」

確かに。
弟の渡は、産まれたての時もっとしょぼしょぼした目をしてたけど、
この穂波の赤ちゃんは、まるでガン飛ばしてるみたいだ。
旦那さんを見てみたい。


真弥が、穂波のベッドの脇にしゃがみこみ、赤ちゃんをじっと見た。

「生徒は俺の子供みたいなもんだから・・・生徒の子供は俺にとっちゃ孫だな」
「ふふ、そうですね。随分若いおじいちゃんですけど」
「おじいちゃんはやめてくれ」

真弥は穏やかに笑った。

「俺には沢山の子供も孫もいるんだな・・・幸せなことだ」
「そうですよ」

穂波が力強く頷く。

「私、まだまだたくさん子供産みますから。頑張っておじいちゃんしてくださいね!」
「あはは。ありがとう」
「和歌も!面倒見させてあげるから!」

和歌さんは青い顔のまま、穂波を睨んだ。

「面倒って、穂波の?子供の?」
「両方」

和歌さんが心底嫌そうにため息をついたので、俺達はみんな大笑いした。






「じゃあな、月島。頑張れよ」
「はい」
「和歌さん、頑張って!」
「うん。・・・色々ありがとう、歩君」

新幹線のホーム。
和歌さんは涙ぐみながら、両手で俺の手を握り締めた。
俺はなんだか気恥ずかしくなって、そっぽを向く。

「お。いっちょ前に照れてやがる」
「そんなんじゃねー」
「ふふ、それじゃ、そろそろ新幹線の中に入りますね」
「ああ。いつ帰ってくるんだ?」
「2月中には」
「そっか。・・・待ってるからな」
「はい・・・」

和歌さんが左胸を押さえる。
そう、これ。
これが和歌さんの癖。
心臓が痛くて無意識にこうしてたのかと思ってたけど・・・

その表情は苦しそうではなく、幸せで一杯といった感じだ。

「真弥。俺、向こうに行ってようか?」
「なんで?」
「チューしたいだろ?」
「アホ」

たく、やっぱドライな奴・・・と思ったら!

真弥は右手で和歌さんの耳の辺りに触れ、
俺の目の前にも関わらず、平気で和歌さんにキスしやがった!

俺がポカンとしていると、
真弥は和歌さんから顔を離し、不敵な笑みで俺を見た。

「したけりゃ、誰の前でもするさ」
「・・・けっ!!!」

そうだ!こいつはこーゆー奴だった!
ちくしょー!!

もっとからかってやりたかったけど、
真っ赤になってる和歌さんに免じて、それはやめておこう。



発車のベルが鳴り響き、新幹線はあっけなく出発してしまった。
そしてきっと、またあっけなく帰ってくるんだ。
ただいまー、って。

俺はそれを楽しみに待っていよう。


もう見えなくなった新幹線の方を見ながら、真弥が言った。

「歩、ありがとな」
「何が?」
「俺をここに引っ張ってきてくれて。タクシー代は痛かったけど」
「・・・みみっちぃ奴だな。俺が連れてこなかったらどうするつもりだったんだよ?」
「さあな」

真弥はくるっと踵を返すと、改札に向かって歩き出した。

「別れるつもりはなかったけど、手術が終わるまでは会わないでおこうと思ってたんだ。
でも、それじゃ月島は俺のことを引き摺ったまま手術に臨まなきゃいけなかったんだな。
だから手術前に会えて、ちゃんと話せてよかったよ。歩のお陰だ」
「ほんとに?」
「ああ」
「じゃあ、来年からお年玉アップだな!」
「・・・今年アップしただろ」
「アップに上限はないぞ!」


俺と真弥は笑いながら東京駅を後にした。
 
  
 
 
 
 
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