第3部 第3話
 
 
 
「凄い反応よ」
「ほんと?」
「うん。先生と月島さんが付き合ってたってだけでも、大騒ぎなのに、結婚するなんてね」

「大騒ぎ」ってことは、悪い意味での「大騒ぎ」も有り得るけど、
ヒナちゃんの表情を見る限り、良い意味での「大騒ぎ」のようだ。

ヒナちゃんと歩きながら、私は胸をなでおろした。

ヒナちゃんの足取りもいつものように軽やかに、
というか、いつものようにポテポテとした可愛い物に戻ってる。

さっき、保育園の中での憂鬱そうなヒナちゃんを見た時は、
お祝いのことで、何か問題でもあったのかと冷や冷やしたけど、心配なさそうだ。

「今度のお盆休みに、みんなで会うことにしたの。その時にお金は集めるね」
「ありがと!」
「ほとんどの人が社会人だから、かなりの額が集まるかも」
「だといいなあ。凄いプレゼントができそうだね!」
「うん、でも・・・」
「え?」

ヒナちゃんが足を止める。
ちょうどその前を小さな女の子が、お母さんと手を繋いで横切った。
ヒナちゃんの保育園にいたくらいの、小さな女の子。
まだ2歳くらいだろうか。

ヒナちゃんは、ちょっと寂しそうな表情でその女の子の後姿を見送った。

「ヒナちゃん?」
「あ、ごめん。あのね、もう結婚してる人とか、子供もいる人とかもいて・・・
そういう人からは無理にお金はもらえないかも」
「うん。それはいいよ。そもそもお兄ちゃんとヒナちゃんの同級生に協力してもらえるだけでも
ありがたいんだから」
「うん・・・」

またヒナちゃんが沈む。

こーゆーヒナちゃん、前にも見たことがある。
・・・いや、ヒナちゃんじゃない。
こーゆー表情の人、前にも見たことがある。

あれは確か・・・そう、お兄ちゃんだ。

ヒナちゃんが浮気してるかもしれない、って心配してた時のお兄ちゃん。

ってことは!!!

「お、お兄ちゃんってば!!!」
「え?何?」

急に大きな声を出した私に驚いて一歩引いたヒナちゃんの両肩を、
私はガシッと掴んだ。

「ヒナちゃん!お兄ちゃんが浮気してるかも、って思ってるでしょ!?」
「え、そ、そんなんじゃ・・・」
「じゃあ、どうしてそんな寂しげな顔してるのよ!?」

ヒナちゃんは浮気なんてするはずない。
お兄ちゃんもヒナちゃんに惚れ込んでる。

でも!
お兄ちゃんはモテる。
ヒナちゃんと何か少し喧嘩でもした拍子に、思わず他の女の人とホテルへ・・・
ってことはじゅうぶん有り得る!!!

許せんっ!!!!!

「ヒナちゃん!お兄ちゃんとこに殴り込みに行こう!なんなら、
三行半みくだりはんを叩きつけてやってもいいから!」
「み、みくだりはん、って。古いね、舞ちゃん。それに私、三浦君と結婚してる訳じゃ・・・」
「どーせいずれ、結婚するつもりだったんでしょ!?」
「・・・」

ヒナちゃんが急に口を噤んだ。

あれ?何、その反応?

「ヒナちゃん?」
「・・・分からないの」
「え?」
「三浦君が何を考えてるか」
「?」

ヒナちゃんは、堪え切れないといった感じで、
目に涙をいっぱい溜めながら一気に言った。

「最近、三浦君全然会ってくれないの。この前三浦君の家に行ったのだって、
凄く久々だったのよ?お盆だって、会う約束もないし・・・会いたいって言っても、
忙しいからって断られるし・・・」
「本当に忙しいんじゃない?来年試験だから、勉強しなきゃいけないだろうし」
「それは分かってる。でも・・・私、避けられてる気がする」
「まさか!」

私は思わず笑ってしまったけど、
ヒナちゃんは本気で落ち込んでいる。

さっきの森田といい、何なんだ、一体。

「それだけじゃないの」
「へ?」
「前までね、三浦君、産婦人科じゃなくて他の科を目指してたの。
『あんまり忙しすぎてもヒナと会う時間が減るから』って。それなのに急に産婦人科なんて、
凄く激務の科を希望するようになった。もちろん、三浦君の気持ちを応援するけど・・・」
「・・・」

そう言えばお兄ちゃん、前に本城先生にもそんなこと言ってたな。
あの時、「奥さんを診てあげます」ってお兄ちゃんに言われた先生が、嫌な顔をしたのは、
その「奥さん」がお兄ちゃんの同級生の和歌さんだからだろう。
そりゃ、和歌さんだって嫌だろうな。

それはともかく。
ヒナちゃんには内緒にしてるけど、実はお兄ちゃんは医学部に入りたての頃は、
外科を目指してた。怪我の手術とかするとこね。
でも、外科だと緊急オペとかがザラで、お医者さんの中でも特に忙しい。
お兄ちゃんは悩んでたけど「やっぱり外科はやめようかな」って言ってた。

私はそれはヒナちゃんのためだと思ってたし、実際そうだったんだろう。

で、それから今ヒナちゃんが言ってた「産婦人科じゃなくて他の科」を目指してたんだけど・・・
どうしてまた忙しい産婦人科に希望を変えたんだろう。


「ごめんね、舞ちゃん・・・三浦君には内緒にしてて」
「うん」

ヒナちゃんは落ち込んでる。
お兄ちゃんを応援したいって気持ちと、
もっと自分のことを考えて欲しいって気持ちの、
板ばさみなんだ。

ただでさえ、医学部なんかに行ってお医者さんを目指しているお兄ちゃんは、
他の人より社会人になるのが遅い。
来年国家試験を受けて、それから2年くらいの研修医期間があって・・・
それからようやくお医者さんになれる。
それでもまだ新人で、見習いみたいなもんだ。

順調に行かなければ、もっと時間がかかる。

お兄ちゃんの彼女だからこそ、ヒナちゃんは不安なんだろう。
周りの友達が結婚していく中、自分はいつ結婚できるかもわからない。
いくら待ってても、お兄ちゃんはモテるから他の女の人にパッと乗り換えちゃうかもしれない。

先生と、ヒナちゃんの同級生の和歌さんとの結婚を目の当たりにして、
ヒナちゃんはますます「結婚」というのを意識してしまってる。


先生達へのお祝いのお手伝いなんて・・・
ヒナちゃんに悪いことしちゃったかな・・・
 
 
 
  
 
 
 
 
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