第3部 第4話
 
 
 
おかしい。

私は、不信感たっぷりの目でお兄ちゃんを見た。

「・・・なんだ、その目は」
「べーつーにー」



先生達へのお祝いを準備するにあたって、どうしても和歌さんの好みを知りたかった私は、
誰に聞けばいいか悩んだ。
で、最適な人物を思いついた。

森田の話の中に出てきた、西田穂波さんだ。

陣痛のさなか、和歌さんに会うために東京駅に駆けつけた挙句、
和歌さんに立会い出産をしてもらったくらいなんだから、よっぽど仲がいいんだろう。
(てゆーか、なんて滅茶苦茶な人なんだ)
彼女なら、和歌さんの好みがわかるに違いない。

そう思って、お兄ちゃんに「西田穂波さんって人の連絡先知ってる?」と聞いたら、
お兄ちゃんは意外な反応を示した。
「知ってる」と言うでもなく「知らない」と言うでもなく。
「な、何だよ急に!なんで西田さんが出てくるんだよっ!」ってな感じ。

普段でもじゅうぶん怪しいけど、ヒナちゃんからあんな話を昨日聞いたばかりだから、
ますます怪しく見える。


私は横目でお兄ちゃんを軽く睨みながら聞いた。

「で、知ってるの?知らないの?」
「・・・高校時代の携帯なら知ってるけど、変えてたらわからない」
「じゃあ、いいや。ヒナちゃんに聞くから。女の子同士だから、知ってるかも・・・」
「いい!俺が調べるから!」
「・・・」

やっぱりおかしい。
いつものお兄ちゃんなら、こんな面倒臭いこと、わざわざ自分がやる、なんて言わないのに。

でも、お兄ちゃんの妹を15年とちょっともやってると、
ここで深く追求してもお兄ちゃんが何も話してくれないのは分かる。

私は素直にお兄ちゃんに任せることにした。






「本城先生、おはようございます」
「・・・おはよう」
「なんで睨むんですか」

夏休みに、わざわざ学校へやって来た生徒になんたる仕打ち。

「それはこっちのセリフだ。あの後、大変だったんだからな」
「あの後?」
「忘れたとは言わせないぞ。月島に宇喜多先生のこと暴露しやがって」
「自業自得でしょ」
「俺は何も悪いことはしてない・・・ってお前に言ったら余計ややこしくなるから、
もー何も言わない」

ひどいなー。

「夏休みなのに学校なんか来やがって。一体何の用だ?勉強の質問なら受け付けないぞ」
「どーゆー教師ですか。勉強の質問じゃありません。ちょっとした事情聴取です」
「帰れ、帰れ」

よっぽど「大変」だったのか、先生は手をヒラヒラさせて、
私を職員室から追い出そうとする。

「せっかくいい物、持ってきたのに」
「いい物?」
「はい」

私は先生の机の上に、コトンとそれを置いた。
先生の目が光る。

「おお!これは!京都の有名なお茶屋の梅昆布茶!一缶千円もするんだぞ!」

どんだけ梅昆布茶マニアなんだ。
梅昆布茶選手権があったら是非出場して欲しい。

「お中元でもらったのが家にあったんです」
「・・・お前、教師を買収する気か?」
「される気ありませんか?」
「ある」

先生はそう言うや否や、梅昆布茶の缶を開けて匂いをかいだ。
辺りに柔らかな梅の香りが漂う。

「すげー!」

私は梅昆布茶の缶をひょいっと先生の手から奪い取った。

「質問に答えてくれたらあげます」
「・・・卑怯な奴め。で、何を聞きたいんだ?」

先生はいそいそとコップの準備をしながら言った。
切り替えの速さは三浦兄妹に負けてない。

「西田穂波さんって覚えてます?」
「覚えてるも何も、」
「裸見たんだから覚えてますよね?」
「・・・あゆむ・・・森田に何か吹き込まれたな?」
「で、覚えてるんですか?」
「昨日、うちに来た」
「ええ?」

あ、でも不思議じゃないか。
和歌さんの友達だもんね。

先生に西田さんの連絡先を聞けばいいか、と一瞬思ったけど、
「なんで西田の連絡先なんて知りたいんだ?」と逆に聞かれるのは分かってるから、
やめておこう。

「西田がどうかしたのか?」
「えっと。お兄ちゃんと話してる時にたまたま西田さんの話題が出たんですが、」
「ちょっと待て」

先生が遮る。

「なんでお前が兄貴と話してる時に西田の話題が出るんだ?月島と仲の良い西田の」
「えーっと・・・」
「さては、俺と月島のこと、話したな?」
「あー・・・」
「・・・はあ。これであっと言う間に広まるな」

もう広まってますけどね。

「とにかく!西田さんの話が出たとたん、お兄ちゃんがすっごい変な反応したんです。
お兄ちゃんと西田さんって昔何かあったんですか?」
「三浦兄と西田?さあ?」
「とぼけないでください」

私は梅昆布茶の缶に蓋をした。

「ほ、本当に知らないんだって!俺がこの学校に赴任したのはあいつらが2年の時で、
その時にはもう、三浦と飯島は付き合ってたし、三浦と西田は普通に友達だったんだ。
特に仲が良いって訳でも、悪いって訳でもなかった」
「ほんとーですかぁ?」
「ほんとだって。兄貴に聞いてみろよ」

それが無駄だから先生に聞いてるんです。

でも、先生はとぼけてる風でもない。
本当に知らないんだろう。

よし。かくなる上は。

「じゃ、先生。さようなら」
「おい。本当にそれ聞くためだけに学校に来たのかよ?」
「はい」
「宿題の質問とかは?」
「やってないんで、ありません」
「・・・。おい、梅昆布茶は置いていけよ」
 
 
  
 
 
 
 
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