第1部 第4話
 
 
 
「舞!先生、どこだ!?」
「はへ〜?」
「・・・どうした。何かあったのか?」

私は校庭に出るなり、
私を待っていたお兄ちゃんに捕まった。 

「ちょっと、ね。痴漢やらまりもっこりやら学級委員やら・・・」
「は?」
「ううん。なんでもない」

私は首を振った。
これからの1年を思うと、一気に憂鬱になる。

「それより、先生はどこだよ?」
「先生って、本城先生?」
「ああ。俺の3年の時の担任なんだ。ちょっと挨拶したい」
「え?ええ!?そうなの!?」

お兄ちゃんもここに通っていたのだから、もちろんそんなことがあってもおかしくない。
だけど実際に、お兄ちゃんの担任をしていた先生が、
私の担任をするなんて、なんか不思議だ。
しかも、お兄ちゃんが卒業して、もう丸5年が過ぎている。

本城先生って5年前もあんな感じだったんだろうか。

「面白い先生だろ?」
「・・・うん」

あんな感じだったらしい。

ちょうどその時、本城先生が下足室にひょっこりと現れた。
お兄ちゃんは私より早く先生を見つけ、「先生!」と校庭から叫んだ。

「ん?・・・あれ、お前・・・三浦か?」

先生は驚いた表情で、すぐに校庭に出てきた。

「はい。お久しぶりです」
「うわ、ほんとに三浦かよ?すげー久しぶりだな!」
「5年ぶりですね」
「そっか。もうそんなに経つか」

驚いた。
こんなニコニコしてるお兄ちゃんは珍しい。

お兄ちゃんは、よっぽど親しい人間にしか「素」を見せない。
お兄ちゃんの「素」って言うのは、つまり、私に対するような態度のことだ。

それ以外の人には、「100%優等生クン」モード。
ニコニコと愛想が良く、言葉遣いも丁寧であからさまに優しい。

ちょうど、今のお兄ちゃんがソレだ。

でも・・・なんかちょっといつもの「優等生クン」モードと違う。
先生に会えて本当に嬉しくてニコニコしてるみたい。

ほんと、こんなことは珍しい。


「って、あれ?じゃあ、こいつってお前の妹?」

先生は、お兄ちゃんの隣にいる私に気づき、更に驚いた顔になった。

「はい。よろしくお願いします」
「おお、すげー偶然だな!」

先生は私を見て笑った。
思わずドキッとしてしまうような笑顔だ。

「改めてよろしくな。まりもっこり」

・・・。
口がよければ、もっと素敵なのに。

そしてお兄ちゃんも目ざとく(耳ざとく?)それを聞き逃さない。

「まりもっこり?おい、舞、なんだそれ」
「うっ。えっと、ちょっとね〜」
「お前・・・朝のパンツ丸出しじゃ、まだ飽き足らないのか」

今度は先生が聞き逃さなかった。

「パンツ?なんだ、そりゃ。よし、お前は今日から、三浦=まりもっこりパンツ=舞、だ」

やーめーてー。
なんかそれ、凄くヤダ。


もはや心頭滅却を決め込んだ私を無視して、二人の会話は続く。

「三浦。お前、医学部だろ?もう医者になったのか?」
「まだまだですよ。来年国家試験です」
「そっかー。頑張れよ。医者になったら、安く診てくれよな」
「いいですよ。俺、産婦人科希望なんで、先生が結婚したら奥さんを見てあげます」
「・・・嫌だな、それは」

先生が本当に嫌そうに言う。

「そういや、まだ飯島と付き合ってるのか?」
「はあ。まあ、一応」
「ちょっと待った!」

私は急に復活した。

「先生!今の『一応』は、『一応付き合ってる』じゃなくって『一応付き合ってもらってる』ですから!」
「あはは、そっか。三浦は相変わらず飯島の尻に敷かれてるんだな」
「・・・俺、尻に敷かれてました?」

今度はお兄ちゃんが本当に嫌そうな顔になる。
ふふん、ざまあみろ、よ。

「あ、そうか。先生はヒナちゃんのことも知ってるんですね?」
「ヒナちゃん?」
飯島雛子いいじまひなこさんです。お兄ちゃんの彼女」

先生は、「ああ」と言って笑った。

お兄ちゃんの彼女のヒナちゃんは、お兄ちゃんと高校の同級生だった。
当然、先生も知っているだろう。

ヒナちゃんは、もちろんお兄ちゃんと同じ23歳だけど、
どっからどう見ても私より年下にしか見えない。
だから昔から私は、彼女を「ヒナちゃん」と呼んでいる。


「あの三浦と飯島が23歳かー。俺も歳を取るわけだ」
「でも先生、全然変わってませんね」
「そうか?すっかりオジサンだぞ。飯島は元気か?」
「元気は元気ですけど、仕事が大変みたいです」
「仕事?何やってるんだ?」
「保育園の先生です」
「・・・園児にまぎれそうだな」
「だから大変みたいです。よく園児にいじめられて泣いてます」
「・・・」



  
 
 
 
 
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