「舞!先生、どこだ!?」
「はへ〜?」
「・・・どうした。何かあったのか?」
私は校庭に出るなり、
私を待っていたお兄ちゃんに捕まった。
「ちょっと、ね。痴漢やらまりもっこりやら学級委員やら・・・」
「は?」
「ううん。なんでもない」
私は首を振った。
これからの1年を思うと、一気に憂鬱になる。
「それより、先生はどこだよ?」
「先生って、本城先生?」
「ああ。俺の3年の時の担任なんだ。ちょっと挨拶したい」
「え?ええ!?そうなの!?」
お兄ちゃんもここに通っていたのだから、もちろんそんなことがあってもおかしくない。
だけど実際に、お兄ちゃんの担任をしていた先生が、
私の担任をするなんて、なんか不思議だ。
しかも、お兄ちゃんが卒業して、もう丸5年が過ぎている。
本城先生って5年前もあんな感じだったんだろうか。
「面白い先生だろ?」
「・・・うん」
あんな感じだったらしい。
ちょうどその時、本城先生が下足室にひょっこりと現れた。
お兄ちゃんは私より早く先生を見つけ、「先生!」と校庭から叫んだ。
「ん?・・・あれ、お前・・・三浦か?」
先生は驚いた表情で、すぐに校庭に出てきた。
「はい。お久しぶりです」
「うわ、ほんとに三浦かよ?すげー久しぶりだな!」
「5年ぶりですね」
「そっか。もうそんなに経つか」
驚いた。
こんなニコニコしてるお兄ちゃんは珍しい。
お兄ちゃんは、よっぽど親しい人間にしか「素」を見せない。
お兄ちゃんの「素」って言うのは、つまり、私に対するような態度のことだ。
それ以外の人には、「100%優等生クン」モード。
ニコニコと愛想が良く、言葉遣いも丁寧であからさまに優しい。
ちょうど、今のお兄ちゃんがソレだ。
でも・・・なんかちょっといつもの「優等生クン」モードと違う。
先生に会えて本当に嬉しくてニコニコしてるみたい。
ほんと、こんなことは珍しい。
「って、あれ?じゃあ、こいつってお前の妹?」
先生は、お兄ちゃんの隣にいる私に気づき、更に驚いた顔になった。
「はい。よろしくお願いします」
「おお、すげー偶然だな!」
先生は私を見て笑った。
思わずドキッとしてしまうような笑顔だ。
「改めてよろしくな。まりもっこり」
・・・。
口がよければ、もっと素敵なのに。
そしてお兄ちゃんも目ざとく(耳ざとく?)それを聞き逃さない。
「まりもっこり?おい、舞、なんだそれ」
「うっ。えっと、ちょっとね〜」
「お前・・・朝のパンツ丸出しじゃ、まだ飽き足らないのか」
今度は先生が聞き逃さなかった。
「パンツ?なんだ、そりゃ。よし、お前は今日から、三浦=まりもっこりパンツ=舞、だ」
やーめーてー。
なんかそれ、凄くヤダ。
もはや心頭滅却を決め込んだ私を無視して、二人の会話は続く。
「三浦。お前、医学部だろ?もう医者になったのか?」
「まだまだですよ。来年国家試験です」
「そっかー。頑張れよ。医者になったら、安く診てくれよな」
「いいですよ。俺、産婦人科希望なんで、先生が結婚したら奥さんを見てあげます」
「・・・嫌だな、それは」
先生が本当に嫌そうに言う。
「そういや、まだ飯島と付き合ってるのか?」
「はあ。まあ、一応」
「ちょっと待った!」
私は急に復活した。
「先生!今の『一応』は、『一応付き合ってる』じゃなくって『一応付き合ってもらってる』ですから!」
「あはは、そっか。三浦は相変わらず飯島の尻に敷かれてるんだな」
「・・・俺、尻に敷かれてました?」
今度はお兄ちゃんが本当に嫌そうな顔になる。
ふふん、ざまあみろ、よ。
「あ、そうか。先生はヒナちゃんのことも知ってるんですね?」
「ヒナちゃん?」
「飯島雛子さんです。お兄ちゃんの彼女」
先生は、「ああ」と言って笑った。
お兄ちゃんの彼女のヒナちゃんは、お兄ちゃんと高校の同級生だった。
当然、先生も知っているだろう。
ヒナちゃんは、もちろんお兄ちゃんと同じ23歳だけど、
どっからどう見ても私より年下にしか見えない。
だから昔から私は、彼女を「ヒナちゃん」と呼んでいる。
「あの三浦と飯島が23歳かー。俺も歳を取るわけだ」
「でも先生、全然変わってませんね」
「そうか?すっかりオジサンだぞ。飯島は元気か?」
「元気は元気ですけど、仕事が大変みたいです」
「仕事?何やってるんだ?」
「保育園の先生です」
「・・・園児にまぎれそうだな」
「だから大変みたいです。よく園児にいじめられて泣いてます」
「・・・」