第3部 第7話
 
 
 
  
 「子供ができたから」

ずっこけることを許されるなら、
椅子から転げ落ちたいところだ。

ヒナちゃんの質問に、西田さんは1秒も迷うことなく、サラッと答えた。


ま、まあ・・・二十歳で出産してるんだから、その可能性が高いとは思ってたけど・・・
それにしても、こうもあっさり言ってのけるとは。

質問しておきながら、ヒナちゃんもちょっと戸惑う。

「で、できたから?」
「うん」

相変わらずニコニコしながらキャラメルミルクを飲む西田さん。
それが何か?と言う感じだ。

でも、さすがに私とヒナちゃんの動揺を感じ取ったのか、付け足した。

「彼とは、ずっと一緒にいるつもりだったから、憧れはあったけど結婚自体はしてもしなくてもよかったの。
一緒にさえいられれば、別に結婚はしてもしなくてもいい、っていうか。
でも、やっぱり子供ができたら、結婚しておいた方が色々楽だから」

ああ・・・そういうことか。
西田さんと旦那さんにとって、婚姻届という物に重みはないんだ。
それよりも、実際に一緒にいること、実際に「夫婦」することが、大切なんだ。

その気持ち、なんとなくわかるな。
戸籍上夫婦でも、実質的に夫婦じゃない夫婦なんて、意味ないもんね。


西田さんの話を聞いてポカンとしていたヒナちゃんが、「あっ」と言った。

「もしかして、西田さんの旦那さんって高1の時に付き合ってた人?」
「うん」
「そっか・・・その後、2年も離れ離れだったのに、気持ちは離れてなかったんだね」
「えへへ」

ヒナちゃんは、眩しそうな目で西田さんを見つめた。

さっきヒナちゃんは、西田さんに「ちょっと憧れてた」と言っていた。
それは、西田さんのこういうところに、なのかもしれない。

2年も好きな人と離れていたのに、結局その人と「夫婦」になった西田さん。
二十歳で、子供ができて結婚した西田さん。

また新たに追加された「西田穂波データ」に、私の興味がムクムクと膨れてきた。

「西田さん!」
「はい?」
「私、西田さんのこともっと知りたいです!」
「は?」

頭の中でメモ帳を開く。

「旦那さんとはどうやって知り合ったんですか!?」
「それは、ノーコメント」

と、いたずらっぽく片目を瞑る。
いちいち可愛い人だ。

「んじゃ、どうして2年も離れてたんですか?」
「彼、私より2歳年上で、高校卒業して京都に行っちゃったの」
「じゃあ、遠恋?」
「ううん。別れた。私は、それから別の彼氏もできたし」

おお、また新たなデータが。

「でも、結局別れて、私も卒業して京都へ行ったの」
「へええ!情熱的ですね!」

ヒナちゃんが付け加える。

「西田さんて、こう見えてもK大法学部卒の検事さんなのよ」
「・・・えっ」

K大?京都の?
んでもって、検事?
なんだその高次元な人種は。

「何、その、『こう見えても』って」
「ふふ、ごめんね。だって西田さん、黙ってれば普通の・・・高校生みたいだもん」

西田さんが口を尖らせる。

「一応成長してる訳ね。高校生の頃は、本城先生に『中学生』って言われてたから。
でも飯島さんに言われたくないけど」

それはそうだ。
はっきり言って、この3人だと女子高生の集まり以外の何物でもない。

「じゃあ、K大に進学して京都に行ったんですね?」
「うん。で、大学2年の時にできちゃった婚。ぶっちゃけ、できちゃった、ってゆーか、
できさせられた、ってゆーか」
「え?」
「彼に、意図的に妊娠させられたようなものだから。私が『子供できたかも』って言ったら、
満面の笑みで『おお!よくやった!よし、穂波の親に挨拶に行こーぜ』って言われたもん」

これは旦那さんにも是非会わせてもらわねば。
面白すぎる。

「でも、西田さん。そんな若くして子供産むのって、抵抗なかったんですか?」
「全然」

またサラッと言ってのけてくれる。

「抵抗あるなら、最初から妊娠するようなことしないし」

なるほど。

「それに・・・」

西田さんの顔から少し笑みが消える。

「妊娠が分かる少し前に、和歌が子供を産めないって知ったの。だから、こうやって妊娠して、
子供を産める環境にあるだけでも、感謝しなくっちゃ」
「・・・」

ヒナちゃんが少し目を大きくして、私を見る。
私は、軽く頷き話を進めた。

「西田さんの親とかは?怒れられませんでした?」
「怒られたっていうか、諦められた。前から彼のことは紹介してたから『やっぱりこうなったか』って。
むしろ和歌に怒られたわ。『穂波はだらしないんだから!!』」

西田さんが和歌さんの真似をする。
凄く似てて、思わず笑ってしまった。

「で、大学を半年休学して東京の実家で産んだの」
「半年だけ?子育てはどうしたんですか?」
「それは申し訳ないけど、お母さんにしばらく京都に来て手伝ってもらった。
それと、彼の知り合いでやっぱり小さなお子さんがいる人が京都にいて、その人に預けたり、
託児所使ったり。色んな人に助けてもらって、なんとかやってこれたわ」

きっと凄く大変だったんだろうけど、西田さんはまたサラッと言った。
でも、今度ばかりはその口調に感謝の気持ちを隠せないでいる。

「すごい・・・参考になります!」
「私なんか参考にしちゃダメよ。やっぱり普通に婚約して結婚して、それから子供産んでる友達見ると、
なんかうらやましいもん。私、結局結婚式もしてないし」
「そうなんですか・・・」

この段階になって、ようやく気づいた。
西田さんて今、どこに住んでるんだろう?

「西田さん、今日ってもしかしてわざわざ京都から来てくれたんですか!?」
「あはは、まさか。仕事で東京に配属されたから、今はこの近くに住んでるの」
「ビックリした・・・。でも、ありがとうございます。じゃあ、旦那さんだけ京都でお仕事してるんですか?」

すると西田さんは急に声を潜め(そんな必要ないんだけど)、
眉を寄せて言った。

「それが、聞いてよ!仕事辞めて、今はあんなデカイ図体で専業主夫してるの」
「・・・」

あんなデカイ図体と言われても。

西田さんは、またパッと笑顔になって普通の大きさの声で言った。

「ま、私より遥かに家事全般完璧だし子育て上手だから、助かってるけどね。
うちは、私が働いて、旦那が家事やる方が、合ってるみたい」
「そうなの?」

ずっと黙って聞いていたヒナちゃんが急に口を挟む。

「そういうの・・・嫌じゃないの?って、ごめん、失礼な質問だけど・・・」
「全然。嫌じゃないし、失礼じゃないよ」

また笑顔でサラリ。

「それで上手く行ってるんだもん。私、せっかくたくさん勉強して司法試験受かったから、
いっぱい仕事したいの!この子も産んだら、育児休暇は取らずに産後休暇だけ取って、
すぐに復帰するつもり」
「産後休暇って・・・じゃあ、産後8週間で復帰するの?」
「うん。できれば6週間で復帰したい。和歌に負けてらんないわ!」

つ、強い・・・!


きっと、こうやってサラリと色々答えられるようになるまで、
西田さんも沢山悩んで、沢山困ったんだろう。
でも、そういうのを乗り越えて、こんなに強くなったんだ。
こうやって強く笑えるようになったんだ。

なんだか凄く、かっこいい。


「あ、そうそう。でも彼も内職して、自分のお小遣いくらいは自分で稼いでるよ」
「内職?封筒作りとか?」
「舞ちゃん・・・発想が古いね・・・」
「違うんですか?じゃあ、造花作り?」
「ふふ、ハズレ」

西田さんは相変わらずのピカピカした笑顔で言った。

「絵を描いて売ってるの」
 
 
 
 
 
 
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