第3部 第11話
 
 
 
2学期の始業式の日。
どうやら本城先生は校長先生に、結婚することを報告したようだ。

大人の世界のことはよく分からないけど、
こーゆーことは、あまり生徒には情報が流れないようにするもんだと思う。


普通は。


でも、私が、本城先生が校長先生に結婚の報告をしたらしい、
ということを知っていることからも分かるように、
先生が結婚するというニュースは、始業式が終わる頃には全生徒の間に広まっていた。


なんでかって?
それは、我らが愉快な
保志ほし校長先生が、
「どうせ本城先生の女性関係のことは、いつもすぐに噂で広まるので」と言って、
始業式の場で、先生の結婚を発表したから。

なんだその「いつも」って。
本城先生って、そんなに女性関係の話題が多いのか。
多そうだけど。


とにかく校長先生の話に、生徒はもちろん教師の間にも衝撃が走った。
どうやら先生達もまだ知らなかったらしい。

そして体育館はすぐに、お祝いの拍手とがっかりのため息に包まれた。

本城先生も、まさかこの場で大々的に発表されるとは思ってもいなかったのか、
校長先生の話の最中、真っ青になっていたけど、
あちこちから「おめでとうございます!」と声をかけられると、照れくさそうな笑顔になった。


ちなみに、校長先生もさすがに結婚相手が朝日ヶ丘の卒業生ということは言わなかった。
でも、これもそのうち広まるかもしれない。





「なんだよ、先生!彼女どころか婚約者がいるならいるって言えよ!」
「おめでとー!」

始業式の後、HRのために教室へ入ってきた本城先生に早速お祝いと非難(?)の嵐が浴びせられる。
うちのクラスの生徒はみんな、先生が結婚することを夏休みの間に森田のメールで知っているけど、
そこは、さっき知ったばっかり、という風を装った。

「お、おう・・・」

さすがの本城先生もタジタジだ。
森田は頬杖をついて、笑いを噛み殺している。

「相手ってどんな人!?」
「ほっといてくれ・・・」
「ダメ!年上?年下?」
「・・・下」
「いくつ?」
「・・・6つ」

教室からどよめきが起きる。

「若っ!犯罪だぞ!」
「な、なんでだ!どこがだ!」

30歳と24歳だと犯罪じゃないですけどね。
23歳と17歳だと犯罪じゃないですかね。
しかも教師と生徒だし。


「早く子供作って、見せろよなー」


誰かが言った何気ないその一言に、私の心臓はドキッと音を立てた。

やっぱり!
こういうこと、言う奴がいる!

・・・でも、普通に考えれば当然だよね。
言った生徒は、悪気がないのはもちろん、祝福のつもりなんだろう。

私は、冷や冷やしながら先生を見た。
でも先生は、バツの悪そうな顔をするでもなく、相変わらずうっとうしそうに答えた。

「お前らみたいに手のかかる芋栗かぼちゃの世話してたら、自分の子供なんて育てる気力なくなる」

みんなが弾けたように笑う。

「ひでー!なんだよ、その芋栗かぼちゃって!!」
「お前は芋だな」
「うわ!」

・・・。

私は森田を見た。
森田も私を振り返る。

「な。心配いらないだろ?」とその目は言っている。

本当だ。
心配なかった。

いつもの先生だ。
そして、なんて先生らしい答えなんだ。

私は、ホッとして、みんなの笑いに加わった。



その後、先生は必死で結婚から話題を逸らそうとしたけど、
さすがに生徒も食いついて離れない。

やれ、どこで出会ったんだ、とか(ここです)、
やれ、どーゆーとこを好きになったんだ、とか、
やれ、プロポーズはいつどこでしたんだ、とか、

とにかくみんな、思いつく限りのことを質問しまくった。

「あ、それ私も知りたい!」というような質問もあったけど、
森田を通じて知ることもできるから、今は勘弁してあげよう。

そう思い、先生から視線を外して、なんとなく窓の外を見た。


だから、たまたま気づいた。

窓際で、暗い目をしている女子生徒に。


その子は、
市川明菜いちかわあきなという子で、
私は挨拶する程度の仲だ。
と言うのも、市川さんは余り社交的とは言えない性格で、多分私みたいにうるさい女は嫌いだから。

前髪をぱっつんと揃えていて、日本人形を思わせる容姿。
そのせいか、見た目悪くないんだけど、ちょっと暗いイメージで近づき難い。

口数も少なく、笑うことも余りない。


そんな市川さんが、みんなにからかわれて照れている先生をじっと見ている。
笑うでもなく、軽蔑するでもなく。

なんか・・・ねっとりとした、嫌な視線だ。


私は、市川さんから目が離せなかった。
 
 
  
 
 
 
 
 ↓ネット小説ランキングです。投票していただけると励みになります。 
 
banner 
 
 

inserted by FC2 system