第1部 第5話
 
 
 
「じゃあ、舞ちゃんって本城先生のクラスなんだ!?」
「・・・うん」
「偶然だね!懐かしいなー。先生、元気そうだった?」
「・・・うん」
「面白い先生でしょ?」
「・・・うん」
「私、初めて本城先生を見たとき、『三浦君よりかっこいい人っているんだ!』ってビックリしちゃった」
「・・・うん」
「舞ちゃん?」

キラキラした純粋な目で、ヒナちゃんが私を覗き込む。

ダメ。やめて。
そんな顔して、私を見ないで。

「・・・ヒナちゃん」
「何?」
「・・・笑っていい?」
「・・・」

堪えきれず、私は噴出した。

「あははははは!!!ヒナちゃん、何、その顔!?」
「こ、これは・・・」

真っ赤になってほっぺをさするヒナちゃん。
そこには、赤いマジックペンで書かれたグルグルが。

「昨日、保育園のお昼寝の時間に、思わず子供達と一緒に寝ちゃって・・・
で、起きたら、こうなってたの・・・」

どうやら、園児達のイタズラらしい。
ご丁寧に両方の頬に書かれている。
忍者ハットリ君を思い出さずにはいられない。

「どうして、洗わないの?」
「もちろん洗ったのよ。でも、これ、油性マジックで」
「・・・」

しばらくハットリ君を拝めそうだ。
それにしても、違和感がない。
まるで元々こういう顔だったみたい。



今日は、ヒナちゃんがお兄ちゃんに会いにうちにやってきたんだけど、
(この顔でよく電車に乗れたものだ)
お兄ちゃんが出掛けていてまだ帰っていない。
と、いうわけで、私の部屋で一緒にお菓子タイムだ。

「本城先生以外の、1年の先生って誰がいるの?」
「まだ、全員は覚えてないけど・・・あ、英語の杉崎先生って女の先生は、かなり面白いよ」
「杉崎先生?知らないなあ」
「本城先生いわく、熱血空回り系、だって。まさにそんな感じ。
本城先生の方が後輩なのに、いっつも杉崎先生をいじめて遊んでる」

ヒナちゃんがポンっと手を打った。

「わかった!それ、坂本先生だ!坂本菜緒先生!結婚して苗字が変わったのかな?」
「あ、そうそう。杉崎菜緒って名前だった」
「うわあ、坂本先生、結婚したんだ!」
「子供もいるらしいよ」
「・・・子供?坂本先生に?どっちが子供か分かんなくなりそうね」

杉崎先生も、ヒナちゃんだけには言われたくないだろう。

「本城先生は?結婚したとは聞かないんだけど・・・」
「まだみたい。でも、素で面白くって焼肉好きで髪の綺麗な彼女はいるらしいよ」
「あはは、何、その人。あ、でも、私の同級生にもそんな子いたなあ」

どんな子よ、それ。


私は、楽しそうに笑いながらプリンを頬張るヒナちゃんを見た。
今でこそ、こうやって本当の姉妹のように話しているけど、
初めてヒナちゃんと会った時は、こんなんじゃなかった。

私は子供の頃、いわゆる「ブラコン」だった。
幼稚園の頃から、
当時すでに中学生のお兄ちゃんと一緒にいる色んな女の子に、よく嫉妬していた。
そんな女の子達に負けたくなくて、子供ながらにお洒落したりして頑張っていたくらいだ。

だから、お兄ちゃんが本気らしいヒナちゃんを初めて家に連れてきた時、
小学校2年の私は滅茶苦茶不機嫌になり、あり得ないくらい失礼な態度を取った。

でも、ヒナちゃんはへこたれなった。
なんとか私と打ち解けようと、毎日のようにうちに遊びに来た。
お兄ちゃんがいなくても、遊びに来た。

そこには「彼氏の妹に好かれよう」という打算はなく、
純粋に「三浦舞」という人間と仲良くなりたい、という気持ちだけがあった。

そして、私の方にもある転機が訪れた。
3年生になった時、同じクラスの男の子に初恋をしたのだ。
もちろん恋と言っても、小学生らしいかわいい片思いではあったけど、
私にとっては、お兄ちゃんを卒業する大きなきっかけとなった。

そんなこともあり、私とヒナちゃんは打ち解けるとこができた。


「でも、本城先生が結婚しちゃったら、なんか寂しいなー」
「ブラコンの舞ちゃんにそんなこと言わせるなんて、さすが本城先生ね」
「・・・私、もうブラコンじゃないもん」
「え?じゅうぶんブラコンだと思うけど」

げっ。そうなの?私ってまだブラコン?

「だって、舞ちゃん凄く綺麗なのに、彼氏いたことないでしょ?」

凄く綺麗かどうかはともかく、彼氏なんて生まれてこのかた、いたことがない。

「だって、お兄ちゃんよりかっこいい人がいないから」

私が悪いんじゃないもん。

「ほら。やっぱりブラコンだ」

ヒナちゃんが可笑しそうに笑う。


ちょっと待って。
じゃあこのままだと私、お兄ちゃんよりかっこいい人が現れないと、
彼氏ができないってこと!?
仮に、そんな人が現れたとしても、性格的に合うかわかんないし、
相手が私のことを好きになるとも限らないし・・・。

あーあ。
本城先生が同級生だったらなー。
言うことないのに!


「お。ヒナ、もう来てたのか」

突然ノックも無しに、お兄ちゃんが部屋に入ってきた。

「三浦君。おかえりなさい」
「お兄ちゃん!ノックしてっていつも言ってるでしょ!」

私が着替えてそうな時間帯はノックしてくれるけど、
それ以外は私の部屋のドアなんて、あってないようなもんだ。

「もう!私に一生彼氏ができなかったら、お兄ちゃんのせいだからね!」
「は?何、訳わかんないこと言ってる。ヒナ、ちょっと待ってろよ、着替えてくるから・・・」

お兄ちゃんはそう言いながら、部屋を出ようとして振り返った。

「ヒナ。どうしたんだ、その顔」

やっと気づいたか。



  
 
 
 
 
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